春は花

深井穫博(1957年生まれ)

 「春は花 夏ほととぎす 秋は月 冬雪さえて 冷しかりけり」という「本来の面目」と題された道元禅師(1200-1253)の歌にひかれるようになったのは、この1年ほど前からのことです。師如浄の教えに背いて、永平寺から鎌倉の北条時頼に会いに行った帰り途に詠んだ歌とあり、48歳の時だそうです。それ以来、「洗面の章」で私たち歯科医師にも身近な「正法眼蔵」を机の上に置いてときどき眺めるようになりました。内容は、難しくてなかなか理解できないものですが、道元の息づかいが伝わる文章や、「現成公案」にみられる言葉には、はっとしたり、救われる思いがすることがあります。もっとも、禅は本来「不立文字」とか「言外」と表現されるように、言葉で理解しようとすることを戒めていますし、素人の私がこうして禅のことを書くことも憚れることです。
 生まれてから最初に迎える年男を12歳とすると、その頃の記憶のなかで、川端康成がまず浮かびます。1968年の12月10日にオスロでノーベル文学賞を受賞した際の講演が、「美しい日本の私(Japan The Beautiful and Myself)」です。当時、その内容を私が理解したとはとても思えません。しかし、そのタイトルが中学生の私にも耳慣れない日本語だと感じられたことは、よく記憶しています。先日、もう一度確認してみたくなり、取り寄せたところ(美しい日本の私-その序説、講談社現代新書、1969)、その講演は、「春は花」の道元の歌の紹介から始まるものであったことを知り驚きました。講演は、西欧のニヒリズムとは異なる日本の「無」について、禅の考え方をあげながら語られた内容でした。さらに調べてみたくなり、前回の年男(36歳)を迎えたのは1993年、その翌年のノーベル文学賞には大江健三郎が受賞者となり、その講演は、「あいまいな日本の私」でした。つい最近、「語る人、看護する人」という彼の講演録(「話して考える」と「書いて考える」、集英社、2004)を読んだところで、私が日頃から興味のある領域に関連する内容であり、その考察の深さに感心したところでしたので、これもまた不思議な思いにとらわれました。
 さて、48歳という年齢を迎えてみて、これまでの私とは身体的にも精神的な面からも、変わってきていることに気づきます。たとえば最近は、先輩ばかりでなく後輩とも一緒に仕事をする機会が多くなり、そうなってみてはじめて、これまで先輩達が私に対して示してくれた気持ちを少し理解できるようになりました。そして、これまでに受けてきた厚意は、独り占めにしてはいけないとも感じるようになり、このようなことは、30代には考えなかったように思います。あるいは、次の60歳は、無事に迎えられるだろうかと考えることがあるのも、加齢というからだの変化が意識に及ぼす影響なのでしょう。
 2005年は、私ばかりでなく歯科界がそして世界が、酉のように夜明けを知らせるブレイクスルーの年であってほしいと思います。

                   (26,Nov,2004)
      埼歯だより2005年1月号「年男に思う」


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