言語的コミュニケーション・非言語的コミュニケーション
(Verbal communication and non-verbal communication in oral health care.)
深井穫博
(深井保健科学研究所)
情報社会におけるコミュニケーション
情報技術の発達によって、たしかにコミュニケーションは便利になった。電子メール、携帯電話、そしてインターネットの普及は、いつでも、どこでも個人と個人のコミュニケーションを可能とし、しかも容易に多数の人に情報を発信することができる。しかしこの技術進歩の結果得た「便利さ」は同時に、「忙しさ」という感情を増長し、考える余裕が少なくなるために、時として「自分だけが忙しい」という錯覚に陥ることになる。そして相手への思いやりがなくなることが問題である。さらには、情報洪水や情報汚染と表現されるように、人々の「なにが本当か」という疑問への対処として、その情報を選択し(information choice)、それを理解して受容する(information acceptance)という個人の認知過程をどのように専門家が評価するかという課題が提示されている1)。
本稿では、医療の場面における医療者と患者の対人コミュニケーション(interpersonal communication)における要素とその技法について考える。さらには言語的コミュニケーションと非言語的コミュニケーションにおける相互作用のなかで、どこまで医療者がコミュニケーション行動を改善することが可能なのかについて考察する。
対人認知における「自己」と「他者」
人は、相手の容貌、表情、話し方、行動などを手がかりにして、その人の意図や特性を推論しようとする。この他者についての判断過程は、対人認知(person perception)とよばれている。この印象形成は、医療の場面でも医療者と患者双方にとって、コミュニケーションの前提となるものである。
全国の歯科医師を対象とした調査をみると、約70%の回答者が、「不満な態度で説明を受けつけない」患者が3割程度いるという認識を示している2)。この「難しい」患者という認識は、ほとんどの場合、初診時など最初のエンカウンターで歯科医師側が抱いてしまう感情であり、その後のコミュニケーションを阻害する場合がある。
社会心理学では、この対人認知に関するいくつかの傾向が報告されている。すなわち、①人は、与えられた情報が曖昧であったり、判断のための有力な情報がほとんどないときには、目に見える一部の手がかりに基づいて直感的に判断する傾向があること(Heuristic効果)、②人が何らかの予期をもつと、自分でも気づかないうちに、これを確証するような情報を求めるようになる(情報選択効果)、③事前の情報としての言葉遣いや語句の選び方で、人の見方や印象が方向づけられる(Priming効果)などである3)。
「他人を理解するには自分を理解することが必要だ」とよく表現されるように、他者理解というものにはそもそも自己理解が含まれている。これを「自己(self)」と「他者(other)」という観点からみると、医療者は、「患者をみるもの」として考えるが、実は同時に「患者からみられている自分」という認識を忘れがちである。心理学者のJames,W,(1890)は、自己理論のなかで、自己をI(主我)とMe(客我)に分けて記述している。これを「みる自己」と「みられる自己」に分けて図式化したものが図1である。例えば、「自己認知」はS1→S2、「他者認知」はS1→O2とあらわすことができる。さらに「他者理解」とは、S1→(O1→O2)であり、これは自分の枠組みで相手をみるのではなく、相手の感じ方やものの見方を考慮して相手を内面からみようとすることであり、心理学では「共感」と、精神病理学では「了解」とよばれてきた。さらに、S1→O1は、相手の立場に立つための視点移動であり「脱中心化」である4)。
これらの他者理解に対するその人の態度は、その人の特性と職業的な倫理性によってそのレベルが異なるものである。そしてこの他者理解をいかに意識的に深めていくかということが、ケアの質とも関連する医学教育の課題でもある。
非言語的コミュニケーション
非言語的コミュニケーションには、身体的動作(表情、視線、姿勢、身ぶり、服装)、近言語(声の大きさ、アクセント、話す速さ)、空間(対人距離)などがあり、いずれもコミュニケーションにおけるメッセージであり、意図的なものと無意識のものとがある。この機能には、①情報の提供、②好意をあらわすなどの親密さの感情表出、③発言の交代を促すなどの相互作用の調整、などがあげられる。例えば、Matarazzo,JDらは、面接の場面で、面接者の発言時間が、被面接者の発言時間に影響を及ぼすというように、一方のコミュニケーションパターンが相手の行動に影響して、相手もそれと近似したコミュニケーションパターンを示すというSynchrony傾向を指摘している。さらには、面接者の「うなづき」が被面接者の会話を促進することを示した5)(図2)。
コミュニケーションにおける相互作用は、即座にお互いが判断し、対応するものであり、言語化されたメッセージよりもむしろこれらの非言語的コミュニケーションの果たす役割が多い。医療者は、患者の語りや不安の内容に応じて、即座に妥当な微笑やうなずきなどが自然にでるものでなければ、来院者には、共感の態度としては伝わらずむしろ欺瞞として反感を招くことになる。
会話分析の有用性
言語的なメッセージは、非言語的なものに較べて、意識的に行われる場合が多い。しかし、その相互作用や応答の的確さについては、発言者の独りよがりの対応となることがある。この医療者と患者との意思疎通のやりとりを分析する手法として、「会話分析(conversation analysis)」と「談話分析(discourse analysis)」がある。会話分析は、エスノメソドロジー(ethnomethodology)を基盤とした分析手法であり、会話のやりとりや順序を分析することによって、患者・医師関係の実態を明らかにすることである6)。それに対して「談話分析」では患者の物語りから個人的な経験や訴えの背景を知ることになる。
会話分析を行う際には、ICレコーダーを用いる場合と、医療者本人や第三者の記憶に基づく場合があるが、実際の会話を会話分析の表記記号を用いて、忠実に再現する。医療者側にとってこの作業は、個人のコミュニケーションパターンや患者の参加度を検討し、その場では気づかなかった患者側のメッセージや医療者側自身の心理的な動きを知ることができる。 本稿で示したように、医療者側が意識的に日常のコミュニケーション行動を分析することを通して、その技法は獲得され改善されるものである。
文献
1) 高江洲義矩:口腔保健情報の意味するもの3.情報社会と情報行動, the Quintessence,14:1793‐1797,1995.
2) 深井穫博,安藤雄一,瀧口徹,高江洲義矩:日常の診療における歯科医師と患者とのコミュニケーション,口腔衛生学会雑誌,54,366,2004
3) 土田昭司編:対人行動の社会心理学,北大路書房,第1版,京都,2001,19-31頁
4) 丹野義彦:他者をどのように理解するか,コミュニケーション学がわかる,朝日新聞社,東京,2004,99-101頁
5) Matarazzo,JD, Saslow,G, Wiens,AN, Weitman,M,Allen,BV: Interviewer head nodding and interviewee speech durations. Psychotherapy, Theory, Research and Practice,1,54-64,1964(斎藤勇編:対人社会心理学重要研究集 3.対人コミュニケーションの心理,誠信書房,第1版,東京,1987,72-75頁)
6) Drew P, Chatwin J, Collins S: Conversation analysis: a method for research into interactions between patients and health-care professionals, Health Expectations,4,58-70,2001
(The Quintessence,Vol.23,No11,2402-2403,2004)