深井穫博
(深井保健科学研究所)
患者の評価
医療の評価には、医療者側、患者側、あるいは第三者による評価がありうる。このなかで、臨床の場面における患者側の評価には、健康度自己評価と医療の質評価というの2つの側面がある。前者は、主観的健康状態、あるいは健康関連QOL(health -related QOL)と表現される。後者は、患者満足度(patient satisfaction)して示されることが多い。いずれも医療の患者立脚型アウトカム(patient-based outcome)である。本来、医療は患者の利益を追究することであり、その評価は患者側からなされるものである。実際に多くの患者は、それを医療者に表現しない場合であっても、「声なき声」として個別的に判断してきた。
1960年代にDonabedianは、医療評価モデルのなかで、①構造(structure)、②過程(process)、③結果(outcome)が、医療評価のための基本的な3つの要素であるとした1)。確かに医療には、施設の規模、設備、人員などの「構造」や、治療期間、手順、リスク管理、あるいは説明・同意という「過程」の要素がある。しかし、どのような素晴らしい設備であっても、適切なコミュニケーションが図られた場合でも、治療の結果が悪ければ、医療の目的が達成されたことにはならない。この「結果」は、従来は徴候・症状あるいは生存率・再発率という「検査値」や「医師の所見」に基づく専門家側の視点からの評価が、比較可能性や再現性の観点から重視されてきた。
治療直後あるいはメインテナンスにおける結果評価の場面で、患者は歯科医師を前にして、治療の結果として否定的な言葉をなかなか表現できないものである。また治療の結果が良い場合であっても、痛みや不快症状の消退、あるいは機能状態の改善などについて、明確に区別して話されるわけではない。これらの患者の評価に対する医療者側の理解度は、歯科医師の臨床経験やコミュニケーションに関する技術的な側面に負う点が多く、患者の応答について過小に評価して、医療者側の所見や検査結果を重視してしまう場合がある。さらには、歯科治療を評価する際には、患者が即座に判断できるものと、その評価が定まるまでに長期間を要する場合がある。そのため、患者の評価を個々の治療にフィードバックするために、再現性のある尺度と指標の開発が求められている1)。
口腔保健関連QOL(Oral health-related QOL:OHRQOL)
健康度自己評価に関わる研究展開は、1950年代からその端緒はみられる。初期の代表的な研究者であるSuchmanは、社会調査において、対象者全てに医学的に健康状態を評価するのは困難であるので、その代替として健康度自己評価が利用可能かどうかを明らかにするために研究を始めたと記述している3)。その後の多くの研究成果に基づいて、医学的客観的評価を補うものとして健康度自己評価が併用されてきた。
一方、健康度自己評価が医学的客観的な健康指標とは異なる側面の健康状態を測定しており、指標として独自の価値をもっている可能性についても報告されるようになった。これらの研究展開と相俟って、1980年代以降には、医療の結果に対する患者の主観的評価を重視し、健康関連QOLとして尺度化し測定しようとする試みが活発に行われるようになった。このQOLは、身体状況ばかりでなく、機能状態や心理状態、さらには社会性も含めた多次元にわたるものであり、しかも患者の個別的な要素に強く影響される。多くは質問紙法で評価されるが、この多次元尺度を包括した単一のスケールで評価する場合と、各次元に分けて評価する方法がある。
口腔保健の分野でも、1990年代以降にいくつかの口腔保健関連QOL指標(oral health related QOL)が提案されてきた。これらの構成要素は、①咀嚼・発話などの機能的要素、②審美性やself-esteemに関わる心理的要素、③コミュニケーション、社会的活動などの社会的要素、および④疼痛や不快症状の要素にまとめることができる4)(図1)。海外では、GOHAI(The General Oral Health Assessment Index)、DIP(The Dental Impact Profile)、OHIP(Oral Health Impact Profile)、SOHSI(Subjective Oral Health Status Indicator)などが代表的ものであり、その妥当性・再現性の評価も行なわれている(図2)。歯科臨床に応用できる簡便で統一的な指標にはいたっていないが、これらの研究成果から得られる情報は、患者中心の医療を促進するものである。
治療に対する患者満足度
Newsomeらは、1980年から1990年代までの歯科患者満足度研究のレビューの結果、患者満足度の構成要素を5つに分類している5)。すなわち、①治療の技術的側面、②コミュニケーションなどの個人間の要因、③利便性、④治療費、⑤設備である。
これらの満足度に関連する患者側の要因としては、健康状態が良好な者が、男性よりも女性が、若年者よりも高齢者が、教育レベルや収入の高い者より低い者が、より満足を得やすいという報告がある。さらに、その人の過去の受診経験、受診パターン、歯科治療に対する不安との関連性も指摘されている6)。
一方、満足度は期待度と表裏一体をなすものであり、この期待度は、サービスに対するその人の重要度によって異なる。一般的に患者は、治療の結果よりも治療の過程やコミュニケーションを重視するとされているが、Goedhartらの調査結果からは、定期歯科受診者の評価は、むしろ治療結果を重視すると報告されている7)。これは、継続受診の場面で、患者が口腔保健の認知度が高まっていくために、サービスに対する要求度や期待度が上がってくことが示唆される。同じレベルのサービスを続けた場合には、当初は患者満足を得られても、いずれは不満への変化していくと解釈できるものであり、メインテナンスや定期歯科検診の場面での歯科医師側が提供するプログラムのあり方に関係する問題となる。
患者満足度の評価指標(質問票)として広く利用されているものには、CorahのDental Visit Satisfaction Scale(DVSS)8)とDavisらのDental Satisfaction Questionnaire(DSQ)9)がある。それぞれに特徴があるが、前者は受診した患者自身の評価に力点があり、後者は地域レベルの患者満足度評価に適した指標である。DVSSは10項目の質問からなり、その構成は、①情報-コミュニケーション(information-communication)、②理解-受容(understanding-acceptance)、③技術的側面(technical competence)からなる(図2)。
患者満足度は、患者主体の医療における質の保証と改善のための有効な指標であり、歯科受診・受療に対する患者の態度を大きく左右することは、これまで多くの研究報告から指摘されている。現在の歯科医療が患者の継続受診を前提として成り立つのであれば、医療者は患者満足度をさらに追究して、患者への対応に反映する必要があると考えられる。
文献
1) Donabedian A: The quality of care; How can it be assessed?, JAMA, 260,1743-1748,1988
2) Hayes C: The use of patient based outcome measures in clinical decision making, Community Dental Health, 15, 19-21, 1998
3) Inglehart MR, Bagramian RA (Editor): Oral health-related quality of life, Quintessence Pub,USA,2002, pp1-6
4) Suchman EA, Phillips BS, Streib GF: An analysis of the validity of health questionnaires, Social Forces, 1958, 36, 223-232
5) Newsome PRH, Wright GH.: A review of patient satisfaction: 2. Dental patient satisfaction: an appraisal of recent literature , British Dental J, 186, 166-170, 1999
6) Sitzia J, Wood N.: Patient satisfaction: a review of issues and concepts, Soc. Sci.&Med., 45,1829-1843,1997
7) Goedhart H, Eijkman MAJ, ter Horst G: Quality of dental care: view of regular attenders, Community Dent Oral Epidemiol, 24,28-31,1996
8) Corah NL, O'Shea RM, Pace LF, Seyrek SK.: Development of a patient measure of satisfaction with the dentist: the dental visit satisfaction scale,J Behavioral Medicine,7,367-373, 1984
9) Davies AR, John E. Ware Jr.: Measuring patient satisfaction with dental care, Soc. Sci.& Med., 15A,751-760,1981
(The Quintessence, Vol.23, No6, 1344-1345, 2004)