高齢者はあきらめているのか?
深井穫博
(深井保健科学研究所)
休日の来院者
休日の今日、診療室で資料の整理をしていると、ドアをたたく音があり、出てみると昨日来院したA子さんであった。義歯があたって痛いので、調整をしてほしいと立っている。調整後、次回の予約を確認して治療は終わり、ドアの鍵をかけながら、今日のA子さんのように自分で歩いて受診し、訴えられる人はまだ良いが、身体的・精神的な制限やかかりつけの歯科医院がないために、そのまま口腔内の不具合を我慢しあきらめている人はどのくらいいるのだろうかと考えた。
高齢者の歯科受診率
早速、わたしの診療室に来院する患者の年齢構成をみてみると、この5年間の10月最初の1日の来院者の年齢構成は、70歳以上で6〜11%であった。平成17年歯科疾患実態調査では、80歳で20歯を有する者の割合は、始めて20%を超えたが、まだ約8割の80歳高齢者は医療による咀嚼機能の回復が必要な人々である。また、平成18年度から「口腔機能の向上」が介護保険制度上位置づけられたものの、施設入所者を中心とした重度者に対する対応は制度化されておらず、こうした要介護高齢者、有病(入院)高齢者の口腔内状況が劣悪な状況におかれていることが指摘されている。
医療制度改革における後期高齢者医療制度
この平成18年6月に「健康保険法等の一部を改正する法律(高齢者の医療制度の確保に関する法律)」が成立して以来、少子高齢社会における医療制度の在り方に関する議論と平成20年に向けた医療費適正化のための医療制度改革の動きが着々と国で進められ、この10月5日からは社会保障審議会特別部会で後期高齢者医療制度に関する本格的な審議が開始された。わが国の総人口に占める75歳以上の後期高齢者の割合は9%であるが(平成18年5月)、その医療費は9兆214億円で国民医療費全体の28.1%を占めている(平成16年度国民医療費)。この医療費適正化の実効をあげるための具体的な方策として、①生活習慣病(メタボリックシンドローム)の予防と②在院日数の短縮をめざす在宅医療・地域ケアの推進の必要性が国から示されている。すなわち、平成20年4月からは、40歳以上を対象としたメタボリックシンドロームの予防のための特定健診・特定保健指導が全ての保険者に義務づけられ、また同時に75歳以上の後期高齢者を対象に独立した医療制度(後期高齢者医療制度)が創設されることになっている。
高齢者という心身の特性からみて、加齢による身体機能の低下や疾病罹患率の上昇は避けられないものであり、誰もが迎える人生の終末期に必要な医療がどのように提供されるかという課題と、その介護をどのように家族だけではなく社会や地域で支えられるかという問題は、個人の生き方に基づく医療の選択など極めて複雑な議論とならざるを得ない。あるいは、入院期間の短縮はそのまま在宅医療の推進になるかといえば、そこには医療職・介護職・家族の連携が一人ひとりの高齢者にどこまで可能かという課題も惹起されてくる。
なぜ高齢者が歯科受診を敬遠してきたのか
医療の提供には、入院、外来、在宅・施設での訪問診療によるものがある。この受療率(厚生労働省平成14年患者調査)を年齢階級別にみると、確かに75歳以降の外来受療率は低下するものの、入院での受療率は急速に上昇する。ここで問題となるのは、外来受療率のなかで、耳鼻科、眼科、皮膚科等が関わる疾患の受療率が、75歳以降も低下するわけではなく、むしろ上昇していくのに対して、歯科外来受療率は、60代をピークに減少していることである。これは、高齢者の身体的理由、現在歯数の減少、外来受診にともなう煩わしさとあきらめ、これまでの歯科医療者の高齢者治療に対する対応などの理由があがってくるが、これらはおそらく単一な要因ではなく複雑に絡み合うものである。このとき、人々が歯科治療に対する期待や医科歯科の医療体系の相違などは、高齢者の人口に占める割合が35%台に安定すると推計されている今後50年間で歯科医療が抱える本質的な課題となるだろう。
文献
厚生労働省:平成18年度医療制度改革関連資料, HYPERLINK
厚生労働省大臣官房統計情報部編:平成14年度患者調査(全国編)上巻,(財)厚生統計協会,東京,2004
国立社会保障・人口問題研究所:日本の将来推計人口(平成14年1月推計) HYPERLINK
(DENTAL DIAMOND,32,No.1,149,2007)