深井穫博
(深井保健科学研究所)
はじめに
医療者と患者とのコミュニケーションは、お互いが「伝え」、それを「聞き取り」、「理解する」プロセスである。このなかで、「説明する」、「質問する」、「同意する」など情報を伝える場面では、話すことの重要性が強調されることが多い。しかし実際には、言葉には、表情と動作などが常に伴っていて、歯科医師も患者も、病状や治療と予防に関する自分の意見と感情を、言語的行動と非言語的行動を一体のものとして表現している(図1)。
また、相手の言葉を理解し、感情を推し量るとき、表情や視線などの非言語表現の意味はさらに重要となる。この情報を医療者が読み取れないと、その「説明」は一方的なものにならざるを得ない。
そこで本稿では、これまでに報告されてきた表情研究や認知科学の成果をもとに、医療者と患者のコミュニケーションの場面における感情の表出とその表情認知について考察する。また、患者の喜びの表情や不満の態度は、そのまま医療者側の心理に作用して、同じような感情を医療者側に引き起こすということもよく経験するので、この非言語コミュニケーション(NVC: nonverbal communication)の相互作用1)について考える。そして最後に医療における表情分析の展開とNVCのトレーニングはどうしたよいかについて解説をこころみる。
非言語コミュニケーションにみられる患者の心理と感情
全国の開業医を対象とした調査結果をみると、70%以上の歯科医師が、ほとんどの患者に対して、言葉遣いや不快な表情をみせないように努めていると報告されている2)。これはNVCの重要性を経験的に知っている歯科医師の意識を反映したものである。しかしながら、表情や視線などのNVCの多くは、一瞬で示され、しかも患者は、否定的な感情を微笑で隠そうとすることが多い。診療中のあわただしさや、説明するときの位置などによって、患者の表情の変化を見逃す場合もあるだろう。
感情は、その人の心理状態を表現するものとして日常的にもよく使われる用語である。心の動きには思考と感情があり、表情にあらわれる感情には、自分の内的状態を他者に伝えるコミュニケーションと、行動の動機づけの機能がある3-5)。心理学では一般に、感情(affect)はその持続性や強さによって、①選好(preference)、②評価(evaluation)、③気分(mood)、④情動(emotion)に分類されている6)。これらの用語の使い方は、研究者によっても多少異なっており、emotionを感情と訳される場合もある。情動とは、喜びや怒り、恐怖などの明確な対象と原因をもつ強い感情でありその持続時間は短く、表情などの身体的反応を伴う。本稿では、この情動を中心として解説し、emotionを感情と記すことにする。
表情分析とは
これまで、多くの研究者によって表情の伝達(メッセージの記号化:encode)と解釈(メッセージの解読:decode)のメカニズムが研究されてきた7)。最初に体系的に表情研究に取り組んだのは、進化論のDarwin(人間と動物における情動の表出、1872)である8)。
その後これまでの研究によると、表情認知研究の基盤となるモデルは、カテゴリ説と次元説に分けられている8)。カテゴリ説に基盤をおく研究者は、喜び、悲しみ、怒りなどの基本感情(basic emotion)とよばれる感情カテゴリを設定し、それは見る人が文化を超えて世界で共通に認知できるという立場である。代表的なものにはEkmanの表情分析に関する膨大な研究9-11)やYoungらのイギリスを中心とした表情研究がある12)(表1、図2)。それに対して次元説では、各感情は、「快-不快」「覚醒度」を軸とする心理空間上に表現でき、各感情カテゴリの境界は曖昧で明確に区別できないと考え、Russellら(1980,1985)の円環モデル(circumplex model)に代表される13)(図3)。
この二つのモデルについては、現在でも議論が続いているが、2000年以降、コンピュータ技術の発達を基盤としてモーフィングとよばれるコンピュータグラフィックスを用いた研究やフラクタルの概念の導入がみられる。さらには、画像診断技術の向上から、PET(positron emission tomography)、fMRI (functional magnetic resonance imaging)、脳磁図計(MEG: magnetoencephalogram)などを利用したイメージング研究が発達してきている。脳神経学的な検索が表情認知に応用されはじめ、大きく研究のパラダイムが変わりつつある8)。
顔の表情にあらわれる基本感情
顔の表情は、意識的かあるいは無意識にその心理過程が、約30の表情筋によって形成され、静的特性と動的特性が伴う9)、14)(表2)。Ekamanは、この顔の表情から人が読み取ることができる感情には、① 怒り、② 悲しみ、③ 恐怖、④ 驚き、⑤ 嫌悪、⑥ 喜びの6つの基本感情があり、これらは国や文化を越えて共通しているということを日本、米国、チリ、アルゼンチン、ブラジルにおける調査で明らかにした9)。その後、Ekamanは、⑦ 軽蔑を加えて、これらを人が読み取ることができる7つの基本感情とした11)(図4)。一方、大坊は、日本人の特性を考慮して、⑧ 羞恥を8つ目の基本感情と提案している15)。
また、これらの表情を分析する場合には、その再現性の問題と解読能の教育ということが重要になる。そのための手法のひとつに、Ekman&Friesenは、顔を3つの領域にわけ、特徴的な表情筋の動きで、各感情をコーディングするFACS(facial action coding system)を提案した(表3)。顔の3つの領域とは、① 顔面上部(眉、額)、② 顔面中部(目、眼瞼、鼻梁)、③ 顔面下部(頬、口、顎)である。このなかで感情が最も表れるのは、目と眉の部分である11)、14)。
医療における表情分析の展開
患者は、自分の病状や見通しに対してしばしば自己嫌悪や不安・恐怖の感情をもつ。身体の機能の低下や喪失に対しては、悲しみの感情が治療の過程で沸き起こる。このような患者の心理を医療者が理解して、それに本人が対処できるように支援することは、医療に求められる基本的な役割のひとつである。ところが先に示した基本感情の表出には、「感情の表示規則」としていくつかのメカニズムがあることが知られている9)、16).17)(図5)。患者・医療者関係や年齢・性差によっても、その感情の表出と解読の程度は異なってくる8).18).19)。例えば図6は、米国で、基本感情に関する表出者側の年齢と解読者側の年齢をそれぞれ若年から高齢者までの3群にわけ解読者の誤反応数を分析した調査結果の一部である。その結果は、高齢であるほど感情の表出は少なく、その解読は同世代の表情を読み取る際に最も成績が良くなるというものであった。工藤は、この感情の表示規則を、① 縮小、② 抑制、③ 緩和、④ 誇張、⑤ 隠蔽、⑥ 直接、⑦ 偽装に分類し、このなかで、縮小、抑制、緩和、隠蔽は日本人に一般的にみられると指摘している16)(表4)。
患者の表情や顔にあらわれた兆候を、医療者が的確に解釈できるようになることが表情分析のもっとも重要な点である。また、これ以外にもいくつかの具体的な応用が考えられる。
(1)フェイススケールを用いた疼痛、不安やQOLの評価
QOLは本人の主観であり、それを第三者が判断するということは、本来難しい。そのために、質問紙を用いたいくつかのQOL評価法が考案されている20)。ところがそのほとんどは質問項目が多く、時間的制約や小児、高齢者あるいは難病患者の疼痛などには適用しにくい。そこでLorish & Maskinは、「幸せ」から「悲しみ」までの感情を、目の周囲と口、涙を用いて20段階からなるフェイス・スケール(The Face Scale)を開発している21)。歯科の領域では、Buchanan & Niven(2002)が小児の歯科治療に対する不安への対処にFacial Image Scaleを用いた研究を行っている22)。このスケールは、歯科治療に対する不安の程度を5段階の表情であらわした絵を子供に示し、最も自分の感情に近いものを選ばせることで、医療者側が受診者の不安の程度を把握しようとするものである(図7)。これらのQOL評価の取り組みは、これまでの表情研究の成果に基づくものである。
(2)表情の同調と共感
日常の臨床の場面で、患者の不満な表情に気づいたとき、医療者はその心理を推し量る前に、患者に対して否定的な感情を抱きやすい。あるいは、喜びの表情をみると、思わず医療者側も幸せの感情が沸き起こってくるということをしばしば経験する。これは、医療者に求められる倫理性とともに、動作や表情には、同調性という機能があることがわかってきている。そしてこれらの同調の程度は、両者の関係の強さでも異なってくる23)(図8)。1960年代には、早くもNVCの同調効果として、相手がうなずくことで会話が促進されるという事実が観察され、その結果が報告されている24)(図9)。また、1991年には、イタリアでサルの大脳活動を研究していたRizzoratiiは、相手の動作を観察しているときに運動前野F5領域が活性化し、その結果、それと同じ動作をするということを偶然発見した。この神経細胞は、ミラー・ニューロン(mirror neuron)と呼ばれ、この神経システムが人間にもあることがその後報告されている25).26)。医療における共感という感情は、脳神経生理学の観点からも示唆されていて、表情認知の重要性に新たな展開がみられる可能性がある。
(3)患者の理解度と表情分析
医療者が病態や治療に関する説明をする場面で、患者が本当にそれを理解しているか、あるいはその意図が正しく相手に伝わっているのかどうかということを医療者が知ることは意外にも難しい。「説明がわかる」ためには、「聞こう」とする関心度がまず問題になる。そして「わかる」ということには、① 全体像がわかる、② 分類がわかる、③ 道理や仕組みがわかる、④ 規則性がわかる、などのいくつかに要素がある27)。これを臨床のコミュニケーションに当てはめてみると、① 相手(医療者)の感情や人間性がわかる、② 病態がわかる、③ 治療法とそのリスクがわかる、④ 今後自分が何をしたら良いかわかる、という場面が考えられる。「わかる」ための前提となる関心の強さには、表情だけでなく、視線が重要な情報となる28)。例えば、画像診断の結果や口腔内状態を表すチャートを患者に見せながら医療者が説明する場面で、患者は必ずしも医療者が強調したい箇所を見ているとは限らず、視線の動きによって患者の関心を示している内容とその程度を推し量ることが可能である(図10)。
すなわち、患者が理解していることを医療者側が確認するためには、言葉の応答を判断するだけでは不十分であり、患者の関心の強さと、説明を理解した結果自然と沸き起こる患者の感情を、表情や視線で判断できる可能性は高い。
(4)なぜ医療者は患者の顔をみないのか
医療者が患者の表情が示す感情に注意を払わないのは、「説明」が形式的な手順に陥るときや、患者が理解度に対する関心度がそもそも医療者側に少ない場合である。あるいは、一瞬で変化する表情や細かな表情を医療者が認知できないことがその要因である。Ekmanは、見逃されやすい表情を捉えて感情を解釈する教育用CD-ROMを開発し一般に提供している11).29)。このような媒体を用いたトレーニングと、これまでに述べた、表情の基本感情やその表出の規則性を医療者が理解し、日常的に関心をもつことが解決の糸口である。
図11は、20代の女性に、「医療者に質問したくても質問できない」、「説明がわかったとき」、「褒められてうれしいと感じた」「説明に不満」などいくつかのシナリオを提示し、その感情を表現してもらった表情写真である。また、図12では、治療が終了して、リコールを薦められた場面で、「来院する」という返事を医療者に答えながらも、それとは異なった感情を表現している。これらの表情に日頃から着目することが重要であり、そのための素材は、日常の生活の中にも臨床の場面でもたくさんあるだろう。
まとめ
本稿では、医療におけるコミュニケーションの場面で、患者と医療者の表情がどのような役割をしているのかについて表情分析の観点から考えた。口腔保健には、摂食という機能ばかりでなく、発話によるコミュニケーションや表情を通して、その人がその人らしく生活するという課題がある30)。人々が魅力的な表情を得るための支援として、歯科医療に果たされる役割は大きい。また、患者の表情を理解することは、医療者と患者のコミュニケーションの質を高めるものであり、そのことが医療の質の改善へとつながると考えられる。今後、さらに医療における表情分析の実証的な研究の蓄積とデータベースの構築が求められる。
謝辞:本稿で図4、図11、図12に示した患者の基本表情は、モデル石川有紀さんと撮影者中村総一郎氏の協力を得て作成しました。両氏に感謝申し上げます。
文献
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