深井穫博
(深井保健科学研究所)
はじめに
患者が医療者の説明に対して、「よくわかりました」と答える場面がある。この患者の理解や同意のレベルは、医療者との関係性とコミュニケーションが反映されるものである。医師が一方的に意思決定を行い患者がそれに従うことは、これまでパターナリズム(paternalism)として、できるだけ避けなければならない医療者の態度とされ、むしろ患者の確かな同意と満足度が得られるためには、「相互参加(mutual participation)の関係」が必要であるといわれている1)(図1)。ここでいう患者参加とは、歯科医師の治療に関わる意思決定のプロセスを患者側が理解し共有することであり、患者も質問と確認や意見を伝えられる状態である。これを「意思決定の共有(shared decision making)」と表現する場合もある2),3)。
これまで、医療におけるコミュニケーションは、治療と一体をなすものとしてその重要性がしばしば指摘されてきたが、果たして医療者の説明を患者側がどのように判断し、理解しているかということに焦点をあてた研究は極めて少ない。そこで本稿では、臨床における言語コミュニケーション(verbal communication)の評価として、会話分析の展開をあげながら、医療における患者の主体性と参加をはかるためのコミュニケーションのあり方について考える。
患者は医療者の説明で「何を」理解するのか
そもそも患者が医療者に「よく説明すること」を求める背景には、① 治療に対する不安と不信、② 自己決定を確かなものにするためのコミュニケーションへの要望、③ 医療技術の進歩の確認などがある。臨床の場面という限られた時間のなかで患者は、歯科医師が説明する内容、あるいは表情と態度を通して、その論理性や人間性までも理解しようとするものであり、説明に対する期待度は、病状とそれまでの治療経験によって異なってくる。例えば、全国の1200名規模の「働く成人」を対象とした調査をみると、「よく説明をする」ことを求める者には、年齢層と性差に特徴がみられ、過去の歯科受診で満足度が高く、日常的に健康情報にポジティブな者ほど、歯科医師の説明を強く求める4)。 しかしながら、医療における情報較差(information gap)としばしば表現されるように、医療者がどんなに「わかりやすい説明」を試みたとしても、患者側がその病態や治療方法に関して医療者と同じレベルの理解を得るとは限らない。また、逆に患者の希望や同意という心理を医療者側が把握することはなかなか難しい。
歯科疾患は、生活習慣に強く影響されるものであり、その治療や予防には患者の口腔保健行動が重要な因子となる。この保健行動は、患者の病気に対する主観と自律性に左右されるものであることが、これまで多くの行動科学分野の研究で指摘されてきた5),6)。例えば、Leventalは、病気行動(illness behavior)の自己調節モデル(self-regulatory model)を1980年代に提唱している7)。このモデルは患者の病態や対処行動に対する主観的な評価がその人の病気行動を決定していくことを強調したものである。(図2)。
このような考え方を基盤とすれば、医療者の説明に対する患者の理解とは、専門的な知識を得るということばかりではなく、実はそれまでの主観的な健康や病態に対する解釈を、専門家からの情報を通して変更したり自己確認していく過程ということができる(図3)。
患者が求める自己決定とは
医療において意思決定に関わる場面には、① 診査・診断から治療の選択肢の決定など病状に関わる問題解決(problem solving)、② 治療に関わるリスク・負担の受容と治療法の選択(choice and acceptance)、③ 予後の判定(assessment)、④ 保健行動(coping behavior)などがある。一般的には前者ほど医療者側の裁量が大きく、後者になれば患者側の意思が大きく左右する。そのため、医療者側の説明に対する患者の同意のレベルは、それぞれの場面で異なった様相を示すと考えられる。患者が自分で選択したいという内容には、① 歯科医師が決めてほしいこと、② 歯科医師と患者が協同で決めたいこと、③ 患者が主に決めたいことがある。
Shoutenらは、この意思決定に関わる患者の選好を検証する試みとして、医療場面における患者と歯科医師とのコミュニケーションの実態を調査している8)。その結果をみると、患者側が「患者と歯科医師が協同で」あるいは、「主に患者の意見を反映してほしい」内容は、① リスクの受容と、② 患者が何をしたらよいか、という点であった(表1)。ところが現実的には、医療者の態度とコミュニケーションの実態は、患者側の自己決定に対する期待と必ずしも一致する訳ではない。例えばChappleらの英国での調査結果をみると、「意思決定」に関して患者が最も期待している形態と現実とのギャップが示されている。病院と一般歯科診療所の患者はいずれも、何らかの形で患者の主体性を求めているのに対して、医療現場の実態は、いまだに歯科医師が主体の意思決定が多く、その傾向は、病院に顕著であった9)(図4)。これらは少数例を対象とした調査であり、わが国とは、医療制度の異なる環境のなかで行われたものであるが、これらの患者の期待と現実とのギャップは、わが国においてもみられることだろう。
言語コミュニケーションの評価
患者は、よく「説明してほしい」という期待をもち、歯科医師は「ていねいな説明」に留意していても、コミュニケーションの過程で両者の意図が達成されない場合がある。これは「提供したい/提供されたい」保健・医療情報が両者で異なる場合にしばしばみられる。図5は、わが国のある職域に勤務する成人を対象に、Corah(1984)の歯科治療満足度スケール(Dental Visit Satisfaction Scale)を用いて調査した結果の一部である10),11)。このスケールは、過去の歯科受診を「情報とコミュニケーション」、「理解と受容」、「技術的側面」の3つのサブスケールで構成されたアンケートを用いて受診者が評価するものである。その結果をみても確かに、「患者が知りたい情報の提供」、「歯科医師が患者を理解している」という点で、患者の満足度は低い。
医療者と患者のコミュニケーションは、常に相互作用のなかで行われるものである。このとき歯科医師側には、自分のコミュニケーションの実態を評価し自己修正していくことが求められるが、具体的にはどのような方法があるのだろうか。
(1)交流分析と会話分析
交流分析(Transactional Analysis)は、1957年に米国の精神科医Eric Berneが考案した平易な精神分析法であり、そのなかにコミュニケーションのパターンを分析する方法がある。心の働きを親の心(P: Parent),大人の心(A: Adult)、子供の心(C: Child)の三つに分け、簡潔にP,A,Cと記号化する。この記号を用いて、医療者と患者のコミュニケーションのパターンを① 相補的交流、② 交叉的交流、③ 裏面的交流にわけることができる(図6)。このテクニックは、自分が他人に対してどんな対処をしているか、あるいは他人は自分にどんな関わり方をしているかを理解し、対人関係のあり方をその時その場の状況に応じて医療者側が意識的に統御できるようにすることにある12),13)。 一方、人々の意思疎通のやりとりそのものを記録し分析する方法は、1950年代に米国の社会学から生まれ、それは「人々が日常生活の対人関係における意思疎通の基盤をどのように組み立て意味づけ理解しているかについての経験的な研究」であるエスノメソドロジー(ethnomethodology)の分野から考案されてきた。具体的な手法には、「会話分析(conversation analysis)」と「談話分析(discourse analysis)」がある。医療現場では、会話分析は、会話のやりとりや順序を分析することによって、患者・医師関係の実態を明らかにすることができ、談話分析では患者の物語から個人的な経験や訴えの背景を知ることになる。この会話分析は、医療者と患者の臨床における会話をできるだけ忠実に第3者や本人が記録し、その結果を分析するものである。テープレコーダーやビデオを用いた記録と、会話後に本人が思い出す範囲で記録する方法がある。これまでに会話の標記法がいくつか開発されている14)(表2)。
(2)相互作用の評価
医療者と患者との会話の相互作用を分析する代表的な方法のひとつに、米国ジョンス・ホプキンス大学のRoterの相互作用分析システム(RIAS: Roter Interaction Analysis System、1991)がある15)。このRIASは、医療場面で患者と医療者が、どのように影響し合い。患者の受診・受療が進められていくのかということを、その相互作用の典型的なパターンについて言語コミュニケーションの面から追究するビデオを用いた評価法である。RIASのカテゴリーは、①「社会面・感情面に関するコミュニケーション(socio-emotional exchange)」と、②「問題解決のためのコミュニケーション(task-focused exchange)」の2つに分類されている。コミュニケーションをさらに約40のカテゴリーに分類しスコア化していくシステムであり、このコード化のための専用ソフトも開発されている16)(表3)。
このRIAS以外にも、相互作用を分析するいくつかのシステムが報告され、医療現場でのコミュニケーションの分析が試みられている17)。
(3)患者の同意と自己決定に関わる心理尺度
患者の選択と同意に関する満足度、葛藤、後悔などを評価する試みも最近行われるようになっている。患者の同意は、必ずしも確かなものでなく、時に患者はそれを覆したくなるということを医療者は忘れてはならない。これまでに報告されている尺度には、患者の自己決定にかかわる満足度スケール(the satisfaction with decision scale)、後悔スケール(decision regret scale)、葛藤スケール(decision conflict scale)などがある18,19,20)。表4に示した項目は、先行研究に基づいて作成されたStalmeierらの「患者自己決定評価スケール(the decision evaluation scale)」の項目であり、① 満足と不確実性(satisfaction-uncertainty)、② インフォームド・チョイス(informed choice)、③ 決定コントロール感(decision control)の3つのサブスケールで構成されている21)。
(4)患者参加度の評価
医療における患者参加は、医療者の意思決定を患者が共有していくプロセスであり、患者が医療者の意思決定に関与することである。このとき両者の① 決定・選択を共有しようとする意思、② 十分でわかりやすい情報とその提供手段、③ 患者が意思や現状の訴えを伝えられる医療者患者関係、④ 患者の確認と質問ができる時間・場の設定が前提になる(図7)。
このなかで、患者の質問回数は、患者の参加度を測るひとつの目安となる。表5に示すように、患者側は実際の医療場面では、医療者の質問に対する回答が多く、患者側が医療者側に質問する回数は極めて少ない22)。
提供される情報については、何よりも診査・診断から治療と予後評価に関わる医療の体系化をはかり、医療者がそれを患者側に明示することが求められる。そして、患者がその後自己確認できるための情報公開とそれを利用できる情報技術の向上がさらに必要だろう。一方、コミュニケーション技術としては、患者が話しやすい雰囲気と「何を質問してよいかがわからない」という状態を解消するため態度が医療者には必要であり、さらに患者の理解と自己決定を促進するための媒体(decision aids)が重要になる23)。
まとめ
患者がおかれている立場や心理を医療者がどこまで理解できるかという課題は、医療の成果に関わる。そして、医療における患者の主体性を得るために、医療者側がそのコミュニケーションを評価して自己修正を図っていく方法は、これまでの研究成果でいくつも提示されてきている。本稿で、取り上げた質問紙調査や会話分析という手法を、そのまま臨床で応用するには、時間的な制約や患者が許容できる評価という点から難しい点もあるだろう。
しかし重要なことは、これらの研究成果を医療者が実際の場面で活かし、患者とのポジティブな相互作用を得ていくことであると考えられる。患者参加度や理解度を評価するということは、患者の自己決定支援システムと表裏一体であり、これは、医療者と患者という個人対個人の関係にとどまらず、健康における主体性として地域レベルのヘルスプロモーションにも関わる課題である。
文献
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