なぜ、歯科健診を受ける成人が少ないのか
─受療行動について考える─
佐々木 健(北海道室蘭保健所)
緒言
成人を対象に行政が歯科健診の場や機会を設けたり、歯科医院でリコールシステムを導入しても、受診する人が少ないということが再三指摘されている。一方、行動変容の理論・モデルとして有用な「保健信念モデル(図1)」及び「セルフエフィカシィ理論(図2)」では、保健行動の変容や継続を支える要因として、「保健行動の効果に関する認識」及び「保健行動をとることにより得られる結果に対する期待感」(以下、両者をまとめて結果期待感)という人々が主観的に感じるメリットに着目している。非定期及び定期的に限らず、歯科健診を受診する成人が少ない大きな理由のひとつとして、「結果期待感」の不足があるのではないかという問題意識に基づき、探索的調査を行った。
対象および方法
歯科医療機関への受診が不便でないと思われる道内の2自治体において、女性(30-70歳代)を対象に、歯科保健をテーマとしたフォーカス・グループ・インタビュー調査1-3を計5組(参加者計30名)行った。1自治体では、歯科医院個別受診方式による自治体実施主体の成人歯科健診事業を実施している。インタビュー内容は、参加者の了解を上で録音し、録音テープから逐語録を作成した。分析は次のとおりの手順で行った2,3。
1.逐語録から、研究の目的に相応しいと思われる重要部分を、意味がわかる単位で抽出(フラグメント化)した。歯科健診に伴うと考えられる専門家による歯面清掃、保健指導に関する発言も含めて抽出した。
2.抽出したフラグメントを概観しながら、同じ内容を意味していると思われるフラグメントをまとめてコンセプトとし、コンセプトを代表する表札(ラベル)を付与した。
3.さらに表札を付与したコンセプトをながめながら、同じ内容を意味していると思われるものをまとめカテゴリーとして抽出し、カテゴリーを代表する表札を付与した。
結果および考察
1.歯科健診の結果期待感について
全部で39のフラグメントが抽出され、それらを分析していったところ、最終的に結果期待感として、「治療が必要なところが見つかることから連想されるさまざまな負担感」「専門家との交流」および「早期の対応による苦痛および疾病リスクの回避」の3項目がカテゴリーとして抽出された(表1)。
「治療が必要なところが見つかることから連想されるさまざまな負担感」は、社会経済的なものと情緒的なものに大別できたが、それらの大半は過去に受けた歯科保健医療サービス経験に基づくものであることが発言内容から推察された。
抽出された39のフラグメントは、ネガティブなものが30と4分の3以上を占めており、さらには、インタビュー時における参加者の反応の印象からも、参加者は、全般的に成人歯科健診の結果期待感をネガティブなものとして捉えている傾向があると思われた。
あくまでも仮説に過ぎないが、
一般的に成人は、歯科健診の目的を口腔の健康状態のチェックというよりも、疾病の発見の機会と解釈しており、健診受診により治療が必要なところが見つかる確率が高いと考えている。したがって、歯科健診を受診するということは、健診後の治療に伴う社会経済的負担感や情緒的負担感を連想させる一方で、それらを上回る歯科健診のボジティブな結果期待感(メリット)を感じられないのではないだろうか。このことが歯科健診を回避させる要因のひとつではないかと考えられる。実際、インタビュー中には、ボジティブな結果期待感を感じられないということに直接触れた発言はなかったものの、「成人歯科健診は内容がわからない」という発言や表1には示していないが、「無料でも診てもらいたくない」「無料で時間が合えば行くかも」「いつ来ても無料だったら行かない、日にち限定しないとどうしても行こうという気にならない」などの発言もあり、ボジティブな結果期待感の欠如を示唆しているのではないだろうか。
ただし、今回は、合目的的サンプルという観点での対象者選定が厳密に行われていない、分析作業を発表者本人が単独で行っているなど、情報収集方法や分析方法に若干問題点や限界がある4ため、以上の結果および考察は、直ちに一般化できるものではないことに留意されたい。
2.歯科健診の「結果期待感」についての今後の課題
これまでにも歯科疾患の早期発見や歯の喪失予防のために定期歯科健診を奨励するメッセージは、専門家やマスメデイアを通して繰り返し訴えられてはいる。しかし、それらは果たして生活者の実感や価値観と合った結果期待感が高まるような内容や提供方法だったのだろうか疑問が残る。これらを再点検してみてはどうだろうか。住民の意識が低いと嘆く前に、調査研究等により歯科健診を受診することの「結果期待」とは何かを、専門家の視点でなく生活者の視点から明らかにすることが歯科界の急務といえよう。そして、「結果期待」が何かが明らかになったなら、実際にそれが高まるように地域や診療室で展開される歯科保健医療サービスの質を向上させていくことに率先して取り組むことが求められる。こうした観点に立つと、表1には、歯科健診の「結果期待」とは何か、あるいは歯科保健医療サービスの質を向上させるにはどうしたらよいかについて、示唆に富んだメッセージが住民から届けられているのではないだろうか。
【参考文献】
1) キャサリン・ポ-プ,ニコラス・メイズ 著編:質的研究実践ガイド~保健・医療サ-ビス向上のために~,医学書院 ,2001.
2) S.ヴォーン,J.S.シューム,J.シナグブ 他著:グループ・インタビューの技法.慶応義塾大学出版会,1999.
3)ホロウェイ,ウィ-ラ-著:ナ-スのための質的研究入門.医学書院,2000.
4)瀬畠克之,杉澤廉晴,大滝純司 他:質的研究の質をめぐる議論と課題 -研究手法としての妥当性をめぐって-.日本公衛誌,2001;48(5):339-343.