交流分析
深井穫博
(深井保健科学研究所)
1.「交流分析」が生まれた背景
医者と患者,あるいは心理カウンセラーとクライエントとの関係で,時々お互いに相手が相手を許容できない状態におちいることがある。このことに気がついた精神科医のエリック・バーン(Eric Berne,1910‐1970)は,ある分析法を思いついた。これが,自分というものを医者にわかってもらいたいという患者がどのような会話を行なうかをコミュニケーションのパターンに結びつけた交流分析というテクニックである。 コミュニケーションというのは,単なる意志の伝達もあるが,一対一の関係でお互いが何かを解決しようと求める場合がある。しかもそれは,画一的な対応ではない。
2.交流分析とは
交流分析(Transactional Analysis,以下TAと略す)は,1957年にアメリカの精神科医エリック・バーン(Berne,E.)が創案した自我と行動に関する理論体系であり,それを応用した心理療法である1)。 精神分析の理論でジグムンド・フロイト(Freud,S.)は,人間の心の内面を,イド(本能),自我,超自我(理想,良心)の三つに分け,心と行動との関係を解釈しようとしたのに対して,バーンは,平易に心の中を,「親の心」,「大人の心」,「子供の心」の三つに分けた。TAも精神分析と同様に,幼児期の体験がその人の性格形成に重要な働きをするという基盤に立っているが,大きな違いは,TAが現在の問題への対処と自己理解に基づく自己修正に重点をおく点にある。自分の姿を現象的にとらえ,客観的にみることで自己理解が深まり,相手の行動や性格についてもより深い理解が可能となる。また,記号や図式を使って簡潔明瞭に説明しているため,精神分析の口語版とも言われている。
日本では,TAは1972年に九州大学心療内科の池見,杉田らによって導入され2)。「交流」という言葉は,transactionの訳であり,これは元々は「取り扱い」,「取り引き」,「駆け引き」などを意味する商業用語であるので,アメリカ式のTAは,人々の間での交換,やりとり,駆け引き,謀略といった意味合いが強く,そこでは言語によるコミュニケーションが中心的な役割を果たしている。しかしこれは,西欧的な個人主義,現実主義,合理主義の発展に焦点を合わせて構成された理論であるために,そのまま,沈黙に意義をみいだす日本人には適用しにくい面もあった。そこで,池見らは,バーンのTAを,さらに東洋思想を加味した立場から再構成してまとめ,「交流分析」とした。その後,1975年には,日本交流分析学会が設立され,翌1976年には機関紙「交流分析研究」が発刊されて,これまでに多くの研究成果が発表されている。
歯科領域では,1985年に織家らによって歯科医療管理学会に交流分析研究委員会が設立された3)。さらに,1990年に植木らは,TAのひとつである対話分析(交流パターン分析)は,医療関係者と患者の相互のこころの働きを分析するのに適した技法であるとして,非言語的な交流を含む対話の分析法としての「ふれあい分析」を考案し,「相手の行動,私の反応,私の行動,推測した相手の反応と,自我状態の働きを詳細に記述し,ふれあいの場でのこころの動きを,流れでとらえ分析できるようにする」評価票を作成している4,5)。
3.交流分析の基礎理論
交流分析は,次に示す4つから成り立っている。すなわち,
1) 構造分析 (structural analysis)
2) 交流パターン分析 (transactional analysis)
3) ゲーム分析 (game analysis)
4)脚本分析 (script analysis)
である。
これらは,いずれも日常的な用語を用いた平易な理論だが,用語の定義に特徴がある。まや,TAの理論背景となる概念に,「ストローク」と「基本的な構え」がある。
「ストローク」とは,人に対する言葉や態度での働きかけであり,1.肯定的ストローク,2.否定的ストローク,3.条件付ストローク,4.無条件のストローク,があげられる。 ストロークに関する法則としては,5.人は肯定的ストロークが不足して心理的飢餓状態になると否定的ストロークを求めて補う,6.人は変容に対して肯定的ストロークを受けたことへの反応として変化・成長するということがある。
「基本的な構え」は,最初に自分にかかわってくる母親との交流に始まり,幼児期における両親のあり方とそれに対するこちらの受け取り方によって形成されていくものとされている。その人が幼児期から得た基本的な構えには,
①自己否定・他者肯定 (I am not OK,You are OK.)
②自己肯定・他者否定( I am OK,You are not OK.)
③自他否定 (I am not OK,You are not OK.)
④自他肯定 (I am OK,You are OK.)
がある。これらは,他者との交流でその人に特徴的にみられる傾向ということができる(図1)。
4.交流分析の日常臨床への応用
1)構造分析Structural Analysis
交流分析では心の働きを親の心(Parent),大人の心(Adult),子供の心(Child)の三つに分け,簡潔にP,A,Cと記号化する(図2)。自己のパーソナリティーの構造を,このP,A,Cを用いて理解するのが「構造分析」である。すなわち,1人の人間のなかに3人の自分がいて,このなかの1人が時々人格全体を統制しているように見えたり,また1人の人間が,3つの状態のなかをすばやくいったりきたりできるということである。この反応はその人特有の思考や行動のパターンになる。この構造分析で特に留意しなければならないことは,理想的な構造というものがあるのではないということである。
P:これは,理想や良心をつかさどる「親の心」を表している。交流分析ではこのPをさらに父親的なP(Critical Parent,CP)と母親的なP(Nurturing Parent,NP)に分けて考えている。CPは,間違ったことに対して批判,叱責,処罰を行なって厳しく教育する働きである。それに対してNPは,周囲に対する思いやりや人の苦しみをわがことのように感じとろうとする働きである。
A:これは,主体的にしかも現実的に生きていこうとする働きをつかさどる「大人の心」である。アメリカ式TAでは,このAの働きを重視するが,その一方ではこのAが人格のなかで主導権を握り,主体的,創造的に生きようとすればするほど,自己中心性の傾向が高まる面がある。
C:私たちは本来みな自分のなかに「子ども心」をもっている。これは本能的な欲求や感情から成り立つものである。このCには生来のC(Free Child,FC)と順応したC(Adapted Child,AC)の二つがある。ともするとFCは,自他未分の甘えや他者への依存としてそのネガティブな面が強調されるきらいがあるが,幼児が周囲の生物に対して何の差別もなく示す無垢な関心や思いやりは,貴重なものといえる。ACは,人生早期の体験やそれらに対応するために身に付けた幼児なりの処世術と考えられる。これは他者の期待に添おうとするために生来のFCを多少なりとも押さえていることが特徴であり,これが度を過ぎるといわゆるイイ子になり,主体性を押し殺してニセの大人と振る舞おうとして,心理的に問題行動となることもある。
この自我構造を分析した結果をグラフで示したものが,エゴグラム(Egogram)である(図3)。これは,エリック・バーンの弟子のジョン・デュセイ(Dusay,J)が考案した6)。直感的な判断をもとに作成するもので,グラフ化によって自己への気づきや診断に役立たせる。しかし,デュセイのエゴグラムは直感的すぎ,客観性にかけるきらいがあったので,その後アメリカで質問紙法エゴグラムが開発され,日本でも, 1974年に杉田が,1977年に岩井らが客観性の高い質問紙法エゴグラムを開発した。さらに,1984年には質問項目の信頼性,妥当性を検討して東大式エゴグラム(TEG)が発表され,1993年にはTEG改訂版も作成されている7)。
2)交流パターン分析Transactional Analysis
交流パターン分析は,日常私たちが互いに他者と取り交わす言葉,態度,行動などを,P,A,Cの知識を駆使して,分析してみようとするものである。この目的は,まず,自分自身のP,A,Cのあり方について自覚し,自分が他人に対してどんな対処に仕方をしているか,あるいは他人は自分にどんな関わり方をしているかを理解し,対人関係のあり方をそのときその場の状況に応じて意識的に統御できるようにすることにある。交流分析では,基本的な対人関係を次の3つに分類している(図4)。すなわち,
1.相補的交流:俗に言うよい人間関係である。二者間の矢印が平行になり,両者は緊張なくコミュニケーションできる。
2.交叉的交流:二者間の矢印は交叉し,やりとりは発信者に戻らない限り緊張が高まって中断するものである。一般的には肩透かしをくわせるようなもので好ましくない人間関係といわれている。しかし,場合によっては,関らない,黙殺することでトラブルを防ぐ方法として認めなければならない場合もある。
3.裏面的交流:表面のメッセージの裏に心理的メッセージが隠されている交流で,二者のやりとりは実線と点線の二つで描かれる。口と本心が一致しない交流であり,欺瞞的な人間関係ともいえる。
3) ゲーム分析Game Analysis
一般にゲームというと,楽しい愉快な時間を過ごすものと考えられるが,TAでのゲームとは,裏面的交流が定型化したものである。いわば人を不愉快にする癖のようなもので,相手のゲームに乗ってしまうと,結末では必ず後味の悪い感情が残る。
このゲームとして知られているものに,1.Yes,but,2. キック・ミー(さまざまなトラブルを反復し,最後は相手から拒絶される),3.仲間割れ,4.あなたのせいでこんなになった,5.あら捜し,6. 義足(自分の心身の弱点を利用して責任を回避したり失敗の弁解をする),などがある。
ゲームは一般的に「自分はOKでない」という人生態度をもつ人が用いる防衛と考えることができるが,単にその防衛を崩そうとしてゲームを指摘するだけでは,相手の敵意を挑発することになる。いろいろな種類のゲームについて繰り返し学習していくうちに,自分のまずい人間関係を繰り返す癖など,それまで気づかなかった自分の姿がみえてくる。よく用いられているゲームのうちきり方としては, 1. 交叉的交流を用いる(話題をかえる,交流を次々と交叉させる,最初の話題に戻らない),2.フィードバック的交流:相手の裏面の感情を指摘して共感する,3.Aの姿勢をとる,などがある。
4)脚本分析Script Analysis
TAでは人生を一つのドラマのようなものと捉え,その中で自分が演じている役割を「脚本」と呼んでいる。脚本は,子供時代に両親の影響を受けて発達し,その後の人生体験によって強化され固定化したものであある。脚本を分析することで,今まで運命とあきらめていたことが,実は自分が無意識に強迫的に演じていたドラマであったことに気づくことができる。また,自分の性格形成の過程がわかり,人生早期につくられた基本的構えなどについても詳しく知るために有用な分析法である。
5.コミュニケーション技法における「交流分析」適用の有用性と留意点
交流分析は,万人に親しまれる自己分析法として開発されたもので,その内容はきわめてわかり易いものだが,わかりやすさゆえの落し穴もある。その一つは,まず自分自身よりも他人の分析に重点がおかれやすいことである。また,交流分析の実践にあたっては,自分の性格を生かしながら,なおかつ人格的な修正を加えていくということがその本来のありかたである。ここを考え違いすると,交流分析で,人間の性格,あるいはそのあり方を,根本的に変えられるような安易な考えに陥るおそれがある。自分を理解し,自己修正を加えるという作業を行なわなければ,医療現場でのコミュニケーションは,単に小手先のテクニックに走り,本来の目的である相手の行動変容にはつながらない8)。このような点に留意すれば,交流分析の日常臨床の現場で,医療従事者と患者との双方向性のコミニュケーションと,コミュニケーション技法の自己学習法として有効な方法の一つとなると考えられる。
引用文献
1) エリック・バーン,南博訳:人生ゲーム入門-人間関係の心理学,河出書房,第1版,東京,1967
2) 池見酉次郎,杉田峰康:セルフ・コントロール-交流分析の実際-,創元社,第1版,東京,1974
3) 織家勝:研究課題 交流分析へのアプローチ.日本歯科医療管理学会雑誌,20(1),50-54,1985
4) 植木清直,伊佐常樹,江島房子,織家勝,斎藤博,佐々木高憲,春藤貞子,三浦佳子,山崎秀雄:ふれあい分析の仕組みー非言語的な交流を含む対話の分析法ー.日本歯科医療管理学会雑誌,25(2),128-134,1990
5) 江島房子,伊佐常樹,植木清直,織家勝,斎藤博,佐々木高憲,春藤貞子,三浦佳子,山崎秀雄:歯科衛生士学校における学生教育への『対話分析』の活用 第2報.日本歯科医療管理学会雑誌,25(2),113-118,1990
6) ジョン・M・デュセイ,池見酉次郎 監修 新里里春 訳:エゴグラム.創元社,第1版,東京,1980
7) 東京大学医学部心療内科 編:新版 エゴグラム・パターン TEG(東大式エゴグラム)第2版による性格分析.金子書房,第1版,東京,1995
8) 深井穫博:「交流分析」再考-よりよいコミュニケーションのために-,歯科衛生士,24(9),38-47,2000
推薦図書
1) 池見酉次郎,杉田峰康,新里里春:続セルフ・コントロール-交流分析の日本的展開-,創元社,第1版,東京,1979
2) 国分康孝:カウンセリングの理論,誠信書房,第1版,東京,1980.
3) 織家勝:交流分析と人間関係.口腔保健協会,第1版,東京,1986.
4) 杉田峰康:医師・ナースのための臨床交流分析入門,医歯薬出版,第2版,東京,2000.
5)(高江洲義矩編:保健医療におけるコミュニケーション・行動科学,医歯薬出版,第1版,112-118,2002)