これからのヘルスサイエンス・ヘルスケア
福岡予防歯科研究会(現:NPO法人WellBeing)を経て,1985年12月に故郷である三郷市で深井歯科医院を開業してから16年がたちました。その間,患者さんやスタッフにも恵まれ,約13,500名の人々の歯科診療を行ってきたことになります。ちょうど三郷市の人口の1割に相当する数になります。診療室に保管されているその診療記録と資料を前にして,果たしてこれまでの治療が本当に患者さんのためになっているかと考えると,「道なお遠し」の感があります。
また,これまでの間,歯科医師会の一員としての地域歯科保健活動とフッ化物応用の展開,東京歯科大学 高江洲 義矩先生のもとでの行動科学とコミュニケーションに焦点をあてた研究の始まり,そしてネパールでの人々との出会いなど,厚生労働省歯科保健課長 瀧口 徹先生をはじめとする先輩,友人,後輩諸氏のお蔭で,臨床医としての経験に加えて多くの学びの機会を得ることができました。それは,好奇心(curiosity)が湧き起こり,興味のつきない活動であるとともに,「なぜ?」とか「なにが本当か?」いう疑問と,しかも現実の問題として「どう対処するか」に直面するプロセスでした。
地域に生きる人間として,歯科医師として,臨床はもちろんですが,地域保健の実践をこころがけてきたのは,臨床医であっても,地域保健と研究者の視座をもちつづけることが,医療従事者に求められる資質であるという福岡で得た教えを守ってきたためのようにも感じられます。
歯科医療はいま,急速に変わりつつあります。そこには,人々にさらに受容されるヘルスケアとして,医療の質の改善,臨床や地域の場面でのヘルスケアに求められる科学的根拠,公衆衛生における人権,保健医療専門家がもつ保健情報と患者や人々が発信する情報の交流様式としてのコミュニケーション,ヘルスケアにおける行動科学の再認識,そして健康情報の質とその選択・受容のありかたなどいくつもの課題があります。その本質は専門家に主体をおく歯科保健(dental health)から,人々を主体とする口腔保健(oral health)へのパラダイムシフトであり,しかも,歯科治療の場面からみた口腔保健と地域保健からみた口腔保健のギャップを客観的でしかも温かみのある手法で埋めようとする試みです。そこから,従来の「研究」の視点が本当に客観的かという疑問もでてきます。
実は5年ほど前から,ヘルス・サイエンスとヘルスケアをキー・コンセプトにして,しかも患者さん,ヘルスにかかわる人たち,臨床医,研究者などの垣根を越えた,ヘルスから学び,共に実践する場を創ることを考えていました。そこで21世紀も始まったこの時期に,歯科医院に併設するかたちで,深井保健科学研究所を開設することにしました。研究所の理念は,「健康の創造性」であり,「ヘルスケアにおける分かち合う価値」,そして「生の躍動と生涯発達」にあります。
本誌「ヘルスサイエンス・ヘルスケアHealth Science and Health Care」は,これらの理念を実現していくためのひとつの場として,まずは研究所の紀要(The Bulletin of Fukai Institute of Health Science)としてスタートすることにしました。本誌発刊までに,貴重なご助言・ご支援そして共感していただいた多くの先輩・友人に感謝申し上げます。そして,寛容なるわが家族に改めて感謝を捧げます。
2001年12月15日
深井保健科学研究所
深井穫博