歯科保健・医療研究は今エジソンの時代
課長 瀧口 徹
厚生労働省医政局歯科保健課
祝、深井健康科学研究所および研究雑誌の創刊。
さて、創刊に当たりノスタルジーな気持ちを込めて小学生向けの伝記の主役エジソンの話をあえて贈らせていただく。
有名なトーマス・エジソン(1847-1931)は8歳で僅か3ヶ月で小学校を登校拒否して学校に行かず独学で発明王になった。発電機、電球、蓄音機等数多くの発明と生涯に1,093の特許を取った。エジソンは大学の研究室からではなく、働きながら住民の暮らしを見つめながら研究を生涯続けた。下町の玉三郎ならぬ下町の天才発明家である。イメージ的には中年殺しのNHKの人気番組「プロジェクトX」を思い浮かべてもらえばいいかも知れない。エジソンの性格を端的に示すこととしてエジソンの研究家であり発明品の収集家である米国のヘンリー幸田氏(弁護士)はエジソンについておもしろい逸話を紹介している。
『問題 次の5つは、一体誰の発明か?
① 発電機、② 強化セメント、③ ベニヤ板、④ ゴム絶縁体、⑤ 高速道路
いずれもエジソンの発明である。これら5つの発明は実は電球の発明に端を発する。明治10年に日本の京都(石清水八幡宮)の竹を用いた耐久フィラメントを用いて電球を発明したが、普通の家庭に電力がなく普及しなかったため、今度は①発電機を発明した。しかしまだまだ高価であったため、大規模な水力発電用のダム建設のため②強化セメントを発明し、ダム工事の数万の労働者を収容する小屋の建築素材として③ベニヤ板を発明、発生した電気を送電する銅線の絶縁体として④ゴム絶縁体を発明、電力開発が一通り落ち着いた後、余ったセメントを利用した高速道路網を提案した。』
後から聞けば発想は実に自然で分かり易い。しかし情熱の連鎖と実現可能性についての判断は凡人とは決定的に違うと思われる。エジソンの有名な言葉
Genius is 1% of inspiration, and 99% of perspiration.
(天才とは1%の霊感と、99%の汗(情熱)である。)
を端的に表す逸話である。
ここで初めて私固有の考えを補足させてもらうと、エジソンと言えども100年、200年前に生まれていたらこうはいかなかった、少なくとも同じ物は発明できなかったと考える。つまり無目的ではあるがエジソンの発明を支える物質的環境、真理を語ってジョルダノブルーノが火炙りの刑を受けガリレオが投獄された中世的思考を脱して発明を受け入れる精神的素地の醸成等々があたかも潮が満ちる時のように、つまり文明開化の時代がいつの間にかエジソンの足下にまできていたからではないかと考える。エジソンは本能的にそれを察知して成功したのではと考える。
翻って、歯科に関連した研究に目を落としてみると、ほんのこの前まで開業は最も研究に不向きな環境と考えられていた。患者の治療に追われ、疲れ切ってしまう。研究よりも酒だ。旅行だ。ゴルフだ。となってしまうのは自然の摂理であろう。一方、大学が疑うべくもなく研究するための白亜の殿堂と自他共に認めていた。
しかし、ここ数年の間に、歯科界にもまさにエジソンの逸話的なことが起きてきている。開業している歯科医が実に重要な研究を行い発表し始めたのだ。誤嚥性肺炎の研究、要介護高齢者の歯科治療とADL回復の研究、懸案の水道水フッ化物添加(Fluoridation)が開業歯科医の努力を中核として進んでいることに注目している。むろん本日の主役Dr深井もその一人であることを付け加えておく。
それぞれが類希なる情熱家であることは論を待たないが、これらを支えている背景要因としてインターネットを代表とする情報ネットワークの世界的普及があり、パーソナルコンピュータおよび統計処理ソフト等の驚異的進化が上げられる。25年前私が大学を卒業した時の大学電算機センターの大型コンピュータ(確かに図体は大型であったが)のメインメモリーは何と135Kであった。固定時期ディスクは5M、10M程度であった。(磁気テープ全盛期)。この時代であれば今の普通のパーソナルコンピュータはスパコンと言える。
開業していても居ながらにして(ハードおよびソフトの能力が十分という意味で)大型コンピュータを使うことができる。スパコンをすぐ使える時代もまもなく到来するであろう。生活感のある身近な所で大きな骨太の、人があっという研究や事業が行われる。しかも連続して。この意味でまさにエジソンの時代の到来と言える。
さて、深井保健科学研究所は21世紀に何を生み出すであろうか。楽しみである。
フットワークの良さには定評がある。エジソン流の興味と情熱の連鎖もある。期待を込めて研究所の設立を祝して漢詩風の祝い詩を贈る。
深井保健科学研究所創設を祝して
祝 詩
桃源三郷の四方を博観し
開業の既成概念凌駕して
智慧の深井戸を求めんと
ネパールまでも探訪す。
人、友誼の窓に集い学び
酒酌み交わし暁星を仰ぐ。
学びの姿故事成蹊の如し。
ここに拓け一樹百穫の夢。