地域保健における質的調査の意義とその実践事例
中村譲治(NPO法人ウェルビーイング)
はじめに
NPO法人ウェルビーイングは1993年より、市町村の健康政策プロジェクトの支援事業を行っている。これらの事業はすべてヘルスプロモーションの理念に基づきMIDORIモデルを利用して進めている。また展開するに当たっては様々なグループワーク技法を用いて住民参加を図り、住民や行政スタッフがエンパワーメントしていくプロセスを重視している。そのプロセスで住民、行政、NPOが相互に学習しそれぞれが力量形成をしていくOJT(On the Job Training)を基本的なスタンスとして地域に関わっている。
地域の保健計画を立案する際の基本戦略としてはポピュレーションストラテジー、ステージモデルなどの実効性の高いアプローチを心がけている。取り組むべき対象、目的、目標を設定し、最終的な健康教育のプログラム開発の際には種々の健康教育理論を組み合わせて利用している。評価に関してはMIDORIモデルの評価手法を採用し実施している。
地域の健康づくりプロジェクトのプロセスをもう少し詳しく述べると以下のような流れとなる。
{ニーズの把握→現状の把握→健康課題の抽出と目標値の設定→保健行動目標の設定と目標値の設定→既存の社会資源の評価→実施計画策定→実施→経過評価→影響評価→結果評価}
この一連のプロセスを進めて行く上で必要不可欠なものが情報である。ヘルスプロモーションの目的であるひとり一人の住民が「健やかで充実した人生」を実現するためには住民が今、何を、必要としているのかを知らねばならない。真のニーズを把握するには住民に直接聞くという質的調査が必要となる。
次に確定されたニーズを満たすことを妨げている健康問題をはじめ様々な要因を把握せねばならない。それらの現状を把握するためには既存のデータや質問紙調査などによる定量的調査を行うことになる。
質的調査(研究)と量的調査(研究)の違いを端的に表現すると質的調査は例えば「X町の住民が健康をどのように捉えているのか?またそれはなぜなのか?」を明らかにするのに対し量的調査は「X町の住民は健康な人がどの程度いるのか?またその程度はどの位なのか?」を明らかにすることを目的としている。この質的情報と量的情報の二つは相互補完的な関係にあり、どちらか一方が主であり一方が従であるというものではないと考えられている。
我々は質的調査を実施する際、社会学の領域で開発され広く応用されているフォーカスグループインタビュー、デルファイ法などを場面に応じ使い分けている。今回はこのうちフォーカスグループインタビューを応用した子育て支援プログラム(エンゼルプラン)の事例を報告すると共に、住民と共に進める情報の解析手法について紹介する。
調査目的と対象および方法
調査目的はH町(人口8600)のエンゼルプラン策定のために子育てをしている当事者と子供達がどうあればいいのか、また周りの人たちの支援や、地域の環境をどう整えれば良いのかを知ることである。 対象はH町の0歳から9歳までの子供を育てている就業主婦、専業主婦(各8名2グループ)、子育て中の父親(8名1グループ)、祖母、祖父(各8名1グループ)、結婚してまだ子供がいない女性(8名1グループ)、未婚の女性(8名1グループ)を有意標本抽出により選択した計9グループ72名である。
調査方法はフォーカス・グループ・インタビューの手法を用いた。通法に則りインタビューの企画書、司会者の手引きをH町役場の担当スタッフと共に作成し、あらかじめ予行演習を行った後に実施した。インタビューの所要時間は60分から90分であった。記録は記録者2名の筆記とテープレコーダー録音を併用して採取し、インタビュー後に担当者により筆記記録とテープをもとに逐語録を作成した。
解析手法
逐語録の切片化はH町住民(成人男女13名)から構成されるエンゼルプラン策定委員会のメンバーと共に行政およびNPO法人スタッフが協働して行った。策定委員会のメンバーにはあらかじめインタビューの現場に観察者として参加してもらった。解析チームは各インタビューグループに参加した住民とその司会、記録、会場係を行った行政スタッフから構成した。
解析手順は逐語録を各自黙読してもらい、その記述の中でなるほどと納得される部分や、気になる表現(光っている言葉)にラインマーカーでアンダーラインを引いてもらった。次に解析チームのリーダーが声を出して読み上げ自分がラインを引いた箇所が出たら声を出してストップをかけてもらうようにした。ほぼ全員が一致して声をかけた部分は切片として採用した。意見が分かれた箇所はその都度話し合ってもらい採用するか否かを決定してもらった。切片化された記録はファイルメーカIIIに落とし込みカード化した。その後、カードは似かよったものは統合し、表現が個別的でわかりにくいものは一般的な表現やより適正な表現に加工した。
最終的に選択されたカードは専業主婦グループ65枚、就労主婦グループ108枚、子育て中の父親グループ34枚、祖母グループ45枚、祖父0枚、結婚してまだ子供がいない女性グループ32枚、未婚の女性グループ27枚であった。
次に各グループでこれらのカードをMIDORIモデルのQOL、ライフスタイル、準備要因、強化要因、実現要因の各ボックスに落とし込む作業を行った。落とし込み作業に際しては事前に住民と行政スタッフに対してMIDORIモデルの解説を行った。こうして出来た専業主婦、就労主婦、子育て中の父親、祖母、結婚してまだ子供がいない女性、未婚の女性の6グループのMODORIモデルのシートを統合し1枚のモデル図を完成させた。
結果
解析の結果、H町の子育てに関する実現すべきゴールは以下の項目に集約された。
・子どもたちが友達とのびのびゆったりと過ごしながら、健やかに成長できる町
・子育てをしながらも、働きたいお母さんたちは安心して仕事にでかけられる町
・子どもの成長を日々の生活で実感しながら、楽しみながら子育てのできる町
・地域で子どもたちを見守り育てていける町
また、これらを実現させるための具体的な条件としてのライフスタイル、環境、準備、強化、実現の各要因に関する情報も解析結果から抽出することが出来た。
このあとの作業手順は「はじめに」で述べたように現状の把握を量的調査で行うことになる。現状の把握は住民が描いた子育てのあるべき姿がどの程度実施できているかどうか、それを阻害している環境、準備、強化、実現の各要因の実態とその程度を質問紙により調査する。質問紙はフォーカス・グループ・インタビューの解析結果を基にモデルの構造にそって住民、行政スタッフ、NPOの3者で協働して作成している。
参考書籍
1) ローレンス W.グリーン、マーシャル W.クロイター:ヘルスプロモーション PRECEDE-PROCEED モデルによる活動の展開,医学書院,東京,1998.
2) 藤内修二:PRECEDE-PROCEED Model(MIDORIモデル)の理論と実践、平成11年度厚生科学研究費補助金「総合的な地域保健サービスの供給体制に関する研究」研究報告書、2000.
3) S・ヴォーン、J・S・シューム、J・シナグブ:グループ・インタビューの技法、慶應義塾大学出版会、東京、1999.
4) ホロウェイ&ウィーラー:ナースのための質的研究入門、医学書院、東京、2000.
5) キャサリン・ポープ、ニコラス・メイズ:質的研究実践ガイド、医学書院、東京、2001.