DOS・POS
(DOS, POS, and Patient Centered Approach)
深井穫博
(深井保健科学研究所)
患者中心(Patient centeredness)とは
診断は、患者の訴えや症状に基づき、医学的検査と診査を行ってその病名を確定し、その疾患に対する治療方針が決定されていくという医学的に体系づけられた一連のプロセスのなかで行われるものであり、そこには医師としての専門性がある。これは、緊急性のある患者の症状や生命予後に関わる状態に対して、触診や視診だけでは判定できない身体の異常の発見して、迅速で、的確な対応をすることが常に医療には求められていることが背景となっている。
ところが、慢性疾患の増加と医療における患者の人権への配慮が強調されるにしたがって、この従来のアプローチが、「疾患中心(disease centeredness)」あるいは「医師中心(doctor centeredness)」の対応として批判される場面がみられるようになった。これは、医師が医療における客観性や確実性を追究するあまりに、患者の心理的な背景と病気を治そうとする患者の意思を軽視してしまう場合があるためである。歯科治療には、「目で診る」ことができる口腔や歯の異常を対象とする場合が多く、しかもその疾患は、患者の生活習慣に影響されて発現する。そのため、本来、歯科医療における診断と治療方針の決定、あるいは治療過程は、「歯」だけでなく患者全体をみるというプロセスが得やすい領域である。しかし実際の医療現場では、「歯」だけの対応に陥ることもしばしばみられる。その要因の多くは、限られた診療時間の中での患者への配慮、あるいは臨床経験などの個別的な制約によるものである。
それに対して、「患者中心(patient centeredness)」という用語は、英国の精神分析医であるBalint,Mによって1950年代に紹介されたのが最初のようである1)。これは、患者の訴えに基づいた診断のプロセスを重視するものであり、この概念には、1940年代からのRogers,Cの「来談者中心療法(client-centered therapy)」が基盤となっていた。この来談者中心療法において、「受容(acceptance)」と「共感的理解(empathic understanding)」というカウンセラーに求められる態度は、医療におけるコミュニケーション技法にも広く取り入れられているものである。
この「患者中心」と「医師中心」というアプローチは、医療における「母性的特性」と「父性的特性」を表すものであり、相互に補完する。重要なことは、この「患者中心」の要素を、歯科医師側と患者側の視点から明らかにして、二つのアプローチを個々の患者の状態によって医療者が適用することである。
「患者中心」の要素
Stewart,Mは、医師に求められる患者中心の臨床技法を6つの要素に分類し、それに基づいて医学教育や医師の自己学習のための評価票を作成している2)。具体的には、①医学的概念である「疾患(disease)」と患者の個人的な体験である「病い(illness)」の両面に対する理解、②患者の全人的な理解、③治療の優先順位や目標、あるいは医師と患者の役割に関する共通基盤、④診療における予防と健康増進の取り組み、⑤患者・医師関係の強化、⑥限られた医療環境のなかでの現実的な対応、の6項目である。さらに、Bauman,AEらは、これらの要素を、①患者とのコミュニケーション、②治療計画やメインテナンスにおける患者と医師の協同関係(partnership)、③健康増進やライフスタイルに焦点を当てた対応、の3点に纏めて、これらの臨床技法が、患者のコンプライアンス行動や病状の改善、さらにQOL向上に対する効果を指摘している3)。また歯科の分野では、Bruers,JJMらが、歯科医師が「患者中心」と「歯科医師中心」のいずれを重視するかという調査から、その歯科医師の特性を評価している4)。その基準は、患者への情報提供やコミュニケーションの重要性を認識してこれに心がけている歯科医師を「患者中心(patient orientation)」とし、治療に対する他の歯科医師の評価を重視し、研修会への参加や文献検索を心がける者を、「専門職中心(professional orientation)」とするものである。その結果、これらの歯科医師の態度が、予防歯科の重視、仕事上の満足度、他の歯科医師との連携、歯科衛生士の雇用、治療における患者との協同関係に関連することを指摘している(表1)。
一方、患者側の調査結果をみると、求められている「患者中心」の内容は、①コミュニケーションと協同関係:患者の悩みや期待を共感的な態度で聴き取り、問題や治療についてよく話し合う医師、②個対個の関係:患者の欲求をよく理解し、親身に対応する医師、③健康増進指向:予防に関するアドバイス、④積極的な態度:問題に的確に対応して、その場で処理してくれる、5.患者が抱えている問題と日常生活に対する影響への理解、の5項目であった5)。
POS
患者中心の要素は、歯科医師が「患者を理解する」態度を具体的に表現したものであり、歯科医師のコミュニケーション様式として現れる。この「患者の理解」のレベルは、その場の対応という側面と長期間にわたる患者・医師関係のなかで形成されるものとがあり、後者の場合には、記録が重要となる。
POSとは1968年にWeed,LLによって提唱された問題志向型記録システム(Problem Oriented Medical Record System)の略語である。わが国には、日野原によって1973年に紹介された6)。ここでいう問題(problem)とは、病歴、主訴、検査結果など患者や医師が異常だと認識するものと、患者の心身の機能や能力を低下させる原因と考えられる問題である。すなわち医師が、患者の主訴ばかりでなく、患者が抱えている問題を相互的に把握し、分析して解決していくための診療記録システムであり、医療者がチーム医療のなかでケアの質を向上していくための一連の作業システムといえる。この考え方は、Dewey,J やBruner,J の問題発見・問題解決学習を基盤としたものである。
このPOシステムは、①問題志向型診療記録(POMR)の作成、②POMRの不備を発見するための監査、③記録の修正の3段階で構成される。POMRには、④基礎データ(病歴、診療所見、検査データ等)、⑤問題リスト(診断名、症状、患者が抱える社会的問題や精神的問題)、⑥初期計画、⑦経過記録の4つの要素が含まれる。 そしてこの経過記録は、S,O,A,Pの4項目に整理して記載される。すなわち、患者が提供する主観的情報(subjective)、医療者がみる客観的情報(objective)と評価(assessment)、治療指針、患者への説明・教育などの計画(plan)である。これらの問題リストや経過記録は、その重要度の順に番号をつけて記載されるので、医師の診断から治療方針、治療評価にかかわる思考過程を、全ての医療スタッフが共有できることになる。
このPOSは、DOS(Diagnosis Oriented System, Doctor Oriented System)との対比から、 Patient Oriented Systemという表現でその意義が説明される場合もある。しかし、本来は、医療者がチームで、「患者中心」のアプローチを実践する有効な方法の一つである。
文献
1) Balint M: The doctor, his patient, and the illness, Lancet, 268,683-688, 1955
2) Stewart M et.al: Patient-centered medicine:transforming the clinical method, Sage Publications Inc.,Thousand Oaks,1995(山本和利監訳:患者中心の医療、診断と治療社、第1版、東京、2002、29-106頁)
3) Bauman AE, Fardy HJ, Harris PG: Getting it right: why bother with patient-centered care? , MJA, 179, 253-256, 2003
4) Bruers JJM, Felling AJA, Truin GJ, vant Hof MA, van Rossum GMJM: Patient orientation and professional orientation of Dutch dentists, Community Dent Oral Epidemiol, 32, 115-124, 2004
5) Little P ,Williamson I, Warner G, Moore M, Gould C, Ferrier K, Payne S: Observational study of effect of patient centeredness and positive approach on outcomes of general practice consultations, BMJ, 323, 908-911,2001
6) 日野原重明:POS医療と医学教育の革新のための新しいシステム、医学書院、第1版、東京、1973、9-14頁
(The Quintessence, Vol.23, No7, 1566-1567,2004)