コミュニケーションにおける相互作用
(Communication skills and interaction in oral health care)
深井穫博
(深井保健科学研究所)
医療におけるコミュニケーションの背景
医師や歯科医師の何気ない一言や態度が、その患者や家族を勇気づけ、時には落胆や憤りを感じさせるものであるということを、医療者側はつい忘れてしまうことがある。
この医療者と患者とのコミュニケーションは、研究分野でも、1980年代以降から盛んに追究されるようになった1)。この背景のひとつには、1970年代からの米国を中心とした「インフォームド・コンセント」の潮流のなかで、医療者側に、それでは、何を、どのように情報提供するのかという問題意識があった。そしてさらには、医師にとっても身近な問題として、がんの告知に代表される「悪い知らせ」や「治療のリスク」をどのように患者に伝えることが適切なのかという課題があった。
この領域における初期の研究の多くは、コミュニケーションの要素やプロセスに焦点が当てられた。しかし、実際のコミュニケーションは、一方の「話すこと」や「態度・表情」に対して、相手がそれを理解し、察して、今度は相手に伝えるという双方向のコミュニケーションで成り立つものであり、しかもそれが即座に、その場でやりとりされる。
このことから、1990年代以降には、実際の医療現場のコミュニケーションにおける相互作用を分析し、その結果を患者への対応にどのように活かすかという研究課題が盛んとなり、これまでにいくつかの相互作用モデルや臨床の場面で適用できるシステムが報告されている1-3)。
歯科臨床の特性
コミュニケーションには、会話などの言語による表現(verbal communication)と、表情や動作などの非言語的コミュニケーション(non-verbal communication)があり、その情報量はむしろ後者が多いと指摘されている。相手の思いやりのある言葉、気持ちのよい挨拶、好意を示す表情などは、即座にお互いが判断できるものである。
このコミュニケーションを技法という観点から考えれば、「聞くこと」と「伝えること」の技術として集約され、この技法が成り立つためには、その、①空間性(場面)、②時間性(時間と継続性)、そして③精神性(倫理性と人間性)などの要件がある。
さらに、医療者と患者とのコミュニケーションには、診療科目による特性もみられる。共通していることは、「自分を表現できない」、あるいは「理解できない」という患者の心理的負担であり、医療者に求められる対応である。歯科におけるコミュニケーションには、他科と異なったいくつかの特徴がある。すなわち歯科医師側からみると、①患者の話しを聴くことよりも、口腔内を「診ればわかる」という側面がある、②通常、30分から1時間の予約時間のなかで「話すこと」よりも「処置」の比重が高い、③咀嚼・会話・審美性などの口腔機能は、微妙な感覚であり、しかも患者の個別性があって、診査の過程でも治療の評価の段階でも、それをよく聴き取らなければならない、④口腔疾患の原因と治療の予後に関して、患者の生活習慣や保健行動を知る必要性がある、⑤数回の歯科受診や定期的な歯科受診の必要性に対する説明が求められる、などである。
医療者・患者関係とその相互作用
医師・患者関係の古典的なモデルには、Parsonsの役割理論に基づくモデルや、医者と患者にはその病状に併せた関係が成り立つというSzasz & Hollenderのモデルがある。後者では、両者の関係を、①能動と受動の関係、②指導と協同の関係、③相互参加の関係の3つに分類し、慢性疾患の場合には「相互参加の関係」が有効であると指摘されている4)。その立場の強さやコントロールの度合いで考えると、医師側が強く、患者側が弱ければ、パターナリズム(paternalism)となり、逆の場合には、安易なコンシューマリズム(consumerism)に陥る。
米国のジョン・ホプキンス大学のRoterは、コミュニケーションにおける医師側の会話を、情報を伝えること・聞くこと、肯定的・否定的発言などの6つのカテゴリに、患者側を5つに分類した。実際のいくつかの医師と患者の会話をビデオテープで記録し、その内容を分析した結果が表1である5)。患者側では、情報を伝えることが約45%を占め、情報を求める頻度は、6%に過ぎない。しかも、実際の発言時間でみると、医師側の会話が60%であり、患者は40%であった。患者側は、主に聞き役にまわり、受ける質問も単純な「はい」か「いいえ」を求められる「閉じられた質問」が多い。
これらの結果をさらに発展して、Roterは、医師と患者のコミュニケーションにおける「相互作用分析システム(RIAS:Roter Interaction Analysis System)」を開発している。これは、医師と患者の会話の場面を録画し、相互の発言を、①社会的感情的な情報交換と、②課題解決型の情報交換に関わる44のカテゴリに分類し、さらには③感情的対応を加えて、コミュニケーションをスコア化する一連のシステムである3)。
このRIAS以外にも、相互作用を分析するいくつかのシステムが報告され、医療現場でのコミュニケーションの分析が試みられている。
コミュニケーションの要素とアウトカム
医療におけるコミュニケーションには、①医療者患者関係の構築、②情報の交換、③意思決定の共有という目的がある。Sondellらは、1990年代までの医療者と患者のコミュニケーションに関するレビューのなかで、コミュニケーションにおけ「Input-Process-Outcome」という一連の経過における「歯科におけるエンカウンター・モデル」を示している2)。これらの研究成果に基づいて、歯科医療におけるコミュニケーション・モデルを図1に示した。
コミュニケーションにおけるアウトカムには、治療の対応への満足度や、歯科医療者側の説明に対する理解や同意の程度という短期的な成果ばかりでなく、口腔保健行動の啓発や継続的な歯科受診に関連するものである。そして長期的にみれば、治療結果そのものも左右するものであり、そのコミュニケーションの適切さと達成度は、歯科医療の質を反映する。
これまでに述べたように、患者側には、コミュニケーションにおいて、医療者側に較べてかなりの心理的負担があるものであり、医療者には、そのことを意識した対応と自己学習が求められる。そして、医療者と患者の相互作用には、その病状や場面で異なるものであり、これらのパターンについて、研究レベルでも臨床の場面でもさらに個々の保健医療者が追究する必要があるだろう。
文献
1) Ong LML, de Haes JCJM, Hoos AM, Lammes FB.: Doctor-patient communication: A review of the literature, Soc. Sci.&Med., 40, 903-918 1995
2) Sondell K, Soederfeldt B: Dentist-patient communication: a review of relevant models, Acta Odontol Scand, 55, 116-126,1997
3) Roter DL: The Roter Method of Interaction Process Analysis, 2002, http://www.rias.org/
4) Szasz PS and Hollender MH: A contribution to the philosophy of medicine: The basic model of the doctor-patient relationship, Archives of Internal Medicine,97,585-592,1956
5) Roter DL and Hall JA: Docters talking with patients/Patients talking with doctors, 1st ed.,Auburn House,London,1992,pp79-92
(The Quintessence, Vol.23, No10, 2204-2205,2004)