歯科治療における診断・治療・評価の体系化と
コミュニケーション
深井穫博
(深井保健科学研究所)
内科治療と外科治療
2004年4月から「第三次がん10カ年総合戦略」がスタートした。がん対策には,予防から早期発見,治療水準の向上,在宅ケアの充実までの一貫した政策が必要である。現在,日本人の死因の第1位を占めるのががんであり,その数は年間30万人を超える。一方,医学・医療技術の進歩によって治療成績は年々向上し,国立がんセンター中央病院の入院暦年別5年生存率(男性)をみると,「1962年~1966年」に29.5%であったものが「1992年~1996年」では58.1%にまで改善している。しかしこのなかで,膵癌のように5年生存率で今なお男性14.9%,女性19.0%という難治性のがんもある1)。治療法には,病巣の切除を中心として,化学療法・放射線療法がある。一般的には,前者を外科治療,後者を内科治療として治療の選択が行われる。この前提にはがんの進展度に基づく治療指針があり,最も大事なことはその診断である。
診断・治療・評価の体系化
がん治療における腫瘍マーカーによる検査や画像診断の技術の進歩はめざましく,この精度の向上が,早期発見と治療評価にも活かされている。治療法の選択は,患者の同意を得て行われ,治療に関わる体系は,保健情報・医療情報として,医療側と患者側で共有されている。患者側からすれば,病名,病態,治療法,予後などが具体的に示されなければ,治療への同意も病気に立ち向かうこともできない。
このがん治療に関わる医療費は2兆7189億円である。それに対して,歯科医療費は2兆5882億円とわずかに少ない2)。病態や罹患率が異なるがんと歯科疾患を単純には比較できないが,問題となるのは果たして歯科治療に診断・治療・評価の体系化がどこまで行われているかということである。
う蝕治療のアウトカムとインフォームド・コンセント
インフォームド・コンセントが浸透している現在では,患者に事前の説明なしに抜歯や歯の切削を行うことは極めて希なケースだろう。しかし,歯科医師側の説明と治療の成果を生活機能の側面から評価することには課題も多い。また,口腔疾患の全身への影響や生命予後との関係も研究成果として徐々に蓄積されてきているが3),歯科治療の成果としての検証は十分ではない。う蝕と歯周病に代表される口腔疾患は,食べるかぎり,乳幼児から高齢者にいたるまでの生涯にわたって発病のリスクが伴う。そのため予防にも治療成績の向上にも,口腔保健行動の啓発が重要であり,そのための医療情報の共有に基づく患者側の自己決定を支援する方策が求められている。
意思決定の共有
治療の体系化は必須である。しかしこれは完成を意味しない。体系化は医療におけるstate of the artとして常に進化するものである。その積み重ねの中で医療の質は向上するものであり、患者側もはじめて治療の選択を行うことができる。「内科的う蝕治療」と表現するよりも,現時点でのう蝕治療の体系化をまず試みることが重要であろう。
文献
1.国立がんセンター:国立がんセンター中央病院内がん登録,[リンク]
2.厚生労働省大臣官房統計情報部:平成14年度国民医療費の概要,[リンク]
3.深井穫博:歯の保存状態と生命予後との関連についての疫学的研究,厚生労働科学研究「高齢者に対する口腔ケアの方法と気道感染予防効果等に関する総合的研究」報告書,107-122,2005
(深井穫博:「内科的う蝕治療」への転換に向けてを読んで,日本歯科評論,Vol. 65, No.7, 44, 2005)