8020達成型社会への道
深井穫博
(深井歯科医院・深井保健科学研究所)
歯科受診の実態
北海道から沖縄までの日本全国で、毎日約120万人の方が、歯科医院を受診しているといわれています(厚生労働省、患者調査)。通院者率でみると、高血圧症、腰痛症に続いて「歯の病気」による通院は、人口千人対42.6人であり、全疾病別の比較で第3位となっています。男女別でみても、男性で第3位、女性では第4位という高い通院率です(図1)(厚生労働省、2007年国民生活基礎調査)。これは、“むし歯”や“歯周病”の有病者率が高く、きわめて身近な病気であり、そのことに苦労している方がいかに多いかを示しています。その一方で、口腔という器官(臓器)は、他の器官と異なり、自分で直接みることができます。“お腹が痛い”、“背中が痛い”、“熱がある”“目がかすむ”、といった身体的な不調は、身体の内部を本人がみることができず、その原因を自分だけではつかむことができないので、医療機関を受診し、精密検査を受けて医師の診断を仰ぐことが必要になってきます。それに対して、むし歯の程度や歯周病による歯ぐきからの出血・腫れ、咀嚼機能に大きく関与する歯の数などは、本人が見て確認することがある程度可能です。そのため、「歯の病気」は身体の他の病気に比べてセルフ・チェックがかなり有効になります。実際、歯科医院を受診する理由も、“歯が痛い”、“歯ぐきからの出血”、“歯石が気になる”、“詰め物がとれた”、“特に気にならないが、チェックを受けたい”など症状の軽いものから重いものまで広範囲にわたります。そのため、全身の病気のなかで、第3位という高い通院率がそのまま重度な「歯の病気」の多さを必ずしも示しているわけではありません。
定期歯科健診の意味
むし歯や歯周病は、その原因も予防も、“歯をみがく”、“甘いものを控える”、“歯科医院を受診する”といったその人の行動にかなり左右されます。その意味で、健康教育や保健指導が有効な疾患であると共に、フッ化物の応用をはじめとした効果的な予防法が確立した予防可能な疾患といえます。しかしながら、その一方で、むし歯も歯周病も食べているかぎり、生涯その発病のリスクが伴い、生涯にわたって本人による自己管理(セルフケア)、専門家による支援(プロフェッショナルケア)、地域・施設での取り組みや保健施策(コミュニティーケア)という3つの手段が連携することが必要になってきます。
歯科医院の受診は、もちろん“痛みの除去”や“むし歯・歯周病の悪化を治療によって防ぐ”という意味で極めて必要なことです。しかし、そればかりではなく、歯科受診には予防のためのプロフェッショナルケアを受けるという意味があります。通常、人間ドックをはじめとした医科での健診は、これまで疾患を早期に発見するという意義が強調されてきました。ようやく、メタボリックシンドロームを始めとする生活習慣病に着目した健診では、健診と保健指導を一体のものとして捉えるようになってきていますが、まだまだ専門家による予防ということが体系化されているとはいえません。それに対して、歯科医療機関での定期歯科健診という場合には、単にむし歯や歯周病を早期に発見するだけでなく、保健指導、かみ合わせのチェック、歯石除去などの専門的な予防が一体となっているものです。
歯の喪失は、むし歯や歯周病がその主な原因となり、これまで、40歳以降急速に歯を失う者が増えていくという実態がありました。しかしながら、定期的な歯科健診・メインテナンスを受けている人では、その年間の平均喪失歯数は0.1歯にとどまると報告されています(Axelsson P,2004, 山本,2007,川村,2007)。この結果からみると、定期的なプロフェッショナルケアを受けることで、10年間で失う歯は1歯、30年間でもわずかに3歯と推計されます。歯を失わないために、自分でむし歯や歯周病の予防に取り組むことはもちろん重要ですが、そればかりではなく、歯科受診によって専門的なケアを受けることが大事になってきます。冒頭に述べた高い歯科の通院者率を、逆に予防のためのプロフェッショナルケアの場と考えれば良いのです。
一本の歯を守ることの大切さ
80歳で20歯以上の歯を有する人は24.1%、80歳の一人平均所有歯数は9.8本(厚生労働省、2005年歯科疾患実態調査)といった表現で8020運動の達成率を評価する場合があります。確かに高齢者の歯数は増加傾向にあります。例えば、55〜59歳で20歯以上歯を有する人の割合をみると、1975年調査では43%であったものが、2005年調査では82%に倍増しています。この世代が、80歳を迎える約20年後には、50%以上の人が“20歯以上歯を有する8020達成型社会”に達することが十分に可能であると考えられます。
しかしながら、成人期以降どのような経過で歯の喪失が進むのかについては、一般の人々にはあまり知られていません。図2は、1969年、1987年、2005年という約40年にわたる年齢階級別現在歯数の推移を性別に示したものです。この歯の喪失のカーブをみると、いずれの調査年をみても、約25歯を境に急速に歯の喪失スピードが高まることがわかります。歯の数は最大28歯(親知らず歯を含めると32歯)ですので、最初の約3歯の喪失年齢をできるだけ遅らせることがポイントとなるといえます。8020達成には、実は最初の一本の歯を守ることが重要なのです。
「深井穫博:8020達成型社会への道,母推さん,No.182,12-13,2009年10月」を一部改変