8020達成型社会と住民参加
深井穫博
(深井歯科医院・深井保健科学研究所)
はじめに
むし歯や歯周病に代表される口腔疾患は、いずれも直接の原因は、口腔内の細菌が異常に増殖することによって形成される歯垢(デンタル・プラーク)です。しかし、その“原因の原因”は、食生活、口腔清掃行動、歯科受診行動をはじめとするその人の行動にあります。このような口腔保健行動を改善することは、歯の喪失防止に最も効果的な対策のひとつなります。
しかしながら、成人の行動は、それまでの個別の経験によって固定されたものが多く、それを変えることは容易ではありません。単なる保健知識の向上にとどまらず、自己決定や参加の要素を取り入れたプログラムと環境の整備が必要になってきます。また、地域保健の分野でも住民の参加と自己決定は、現実感のある計画づくりには欠かせない要素となっています。
8020達成型社会とは
8020運動は、平成元年に提唱されて以来今日まで、健康づくり型の国民運動として展開されてきました。これまでの約20年間に、国民の歯の保存状況は改善されてきており、その意義も全身の健康や生命予後の観点から指摘されるようになってきました。
実際のデータをみると、80歳で20歯以上の歯を有する人は24.1%、80歳の一人平均所有歯数は9.8歯(厚生労働省、2005年歯科疾患実態調査)となっています。経年的にみると、例えば、55~59歳で20歯以上歯を有する人の割合は、1975年調査では43%であったものが、2005年調査では82%に倍増しています。一方、これまでの研究報告からは、定期的な歯科受診によって予防管理を受けている人の1年間の喪失歯数は約0.1歯にとどまることが知られており、この55~59歳の年代が、80歳を迎える約20年後に、50%以上の人が“20歯以上歯を有する”ことは十分に可能であると考えられます。そして、80歳を迎えた段階で、約半数の人は20歯以上の歯を有しており、残りの半数の人は、20歯未満であっても、歯科治療によって咀嚼をはじめとする口腔機能が回復され、誰でもが生涯、食べる、話す、笑うといった口腔機能が維持されている社会が“8020達成型社会”であると考えられます。
個人や地域の“健康を創り出す力”
しかしながら、この8020達成型社会を実現していくためには、いくつかのハードルが残されています。例えば、これまで歯科医療は外来を中心に行われてきたので、身体機能が低下し、通院ができなくなる人が増えてくる75歳以上や障害を持つと急速に歯科受診率が下がり、必要な歯科治療による口腔機能の回復が十分ではなかったことがあげられます。今後、新しい治療技術の開発や在宅歯科医療など新たな歯科医療提供体制の整備が益々必要になってきます。
また、口腔疾患の予防を通して歯の喪失防止を図るためには、生涯にわたる一貫した対策が必要であり、個人の口腔保健行動を改善し維持していくための継続的な支援プログラムの普及や、それをより確かなものにしていくため環境の整備とそれを担保するための法制的基盤が必要です。
日本歯科医師会が現在提案している成人の“標準的な歯科健診・保健指導プログラム”は、個人の口腔保健行動の改善を支援するためのプログラムとなっています。このような保健指導は、“個人の健康を創り出す力”を引きだしていくものです。一方、その“個人の健康を創り出す力”を支えるための地域活動や施策が必要であり、特に“地域の健康を創り出す力”には、住民参加型の活動が欠かすことのできない取り組みとなってきます。
住民参加と“新しい8020運動”
住民参加には、いくつかの段階があることが知られています。図1は、グリーンのプリシード・プロシードモデルです。このモデルは地域における健康教育・ヘルスプロモーションのための立案、政策実施、評価に関わるプロセスにおいて、QOL、健康状態、保健行動、保健行動を決定する要因をプロセス毎に評価するための概念枠組みと手順を示したものであり、世界的に用いられその有用性が示されています。わが国おいても、乳児期のむし歯予防にこのモデルを適用し、住民参加を基盤とした実践例とその成果が報告されています。
健康施策における住民参加の形態は,政策実行の段階によって異なり、①計画の策定,②計画の推進,③計画の評価がその場面として考えられます。そして、これらの場面における住民参加の段階には、①住民に知らせその声を聞く段階、②政策の理念と立案を政策担当者と住民が共に行う段階、③事業の実施と評価を共に行う段階、④住民に権限が委譲され自主的参加が図られる段階などがあります(図2)。いずれも、当事者である住民が関与しないニーズ把握は実態を捉え切れない場合が多く、取り組みの継続性と広がりには住民参加は欠かせないものとなります。
“8020達成型社会”という夢をより現実のものとしていくためには、個人においても集団や地域においても、当事者である人々の主体的な参加を基盤としたプログラムや取り組みが欠かせないものであり、そのような“新しい8020運動”の展開がいま求められていると考えられます。
「深井穫博:8020達成型社会と住民参加,母推さん,No190,12-13,2010年4」を一部改変