「健康日本21」における「歯の健康」
深井穫博
(深井歯科医院・深井保健科学研究所)
健康寿命と生活習慣病
高齢社会は、本来、お年寄りの経験に基づく生活の知恵を社会が広く共有できるということであり、加齢に基づく身体的機能の低下を周囲の年下の者で支えあうことのできるチャンスに恵まれた社会です。子供が少ないということは、一人ひとりの子供たちが両親の愛情をそれだけ多く得ることのできるこころ豊かな社会です。
ところが、現実には日本中の地域が都市化することによる住環境や地域の役割の変化と小さな家族構成が介護の負担という社会的な問題になり、また、医療をはじめとする社会保障制度の維持のための財源の問題が惹起されてきています。
国は現在、医療制度改革のなかで、国民皆保険制度を維持していくための政策に積極的に取り組んでいます。その柱は、日本人の死因のなかで悪性新生物を含めて約6割を占めるという心疾患、脳血管疾患などの生活習慣病を予防するというものと、入院期間をできるだけ短縮し、誰でもがいつか迎える終末期に、在宅で医療が受けられる体制を整備するという方策からなっています。平成20年度には、40歳以上の成人を対象としたメタボリックシンドロームの予防のための健診・保健指導の制度と、75歳以上を対象とした新たな「後期高齢者医療制度」が始まろうとしています。
この生活習慣病への取り組みは、平成12年には、健康寿命の更なる延長や高齢者の生活の質を向上するために、疾病の早期発見や治療に留まらず、生活習慣の見直しなどを通じ積極的に健康を増進し、疾病を予防する「一次予防」に重点を置いた対策としての「21世紀における国民健康づくり運動(健康日本21)」という国民運動としてスタートしました。また、平成15年にはこの「健康日本21」を中核とする国民の健康づくり・疾病予防を更に積極的に推進するために健康増進法が施行されました。
「健康日本21」における「歯の健康」
「健康日本21」における生活習慣病の課題として、9分野(栄養・食生活、身体活動と運動、休養・こころの健康づくり、たばこ、アルコール、歯の健康、糖尿病、循環器病、がん)ごとの2010年度を目途とした「基本方針」、「現状と目標」、「対策」などがあげられました。「歯の健康」は、生活習慣病のリスクである「栄養・食生活」から「アルコール」までの5項目と、循環器病などの3つの疾病の間の6番目の課題と位置づけられています。すなわち、歯の疾病は、生活習慣病であるとともに、糖尿病などの他の生活習慣病の一つのリスクになるという位置づけにあります。
具体的な「歯の健康」の目標は、①歯の喪失の防止、②乳幼児のう蝕予防、③学齢期のう蝕予防等、④成人期の歯周病予防の4項目に分類されています。それぞれ、年代別の歯の喪失率やう蝕・歯周病の罹患状況に対する目標とその予防としてリスク低減のための保健行動の目標が数値として示されています。この中の保健行動目標は、エビデンスのある予防法として国民の極めて有用な保健情報とみることもできます。例えば、乳幼児のう蝕予防では、「フッ化物歯面塗布を受けたことのある幼児の増加」と「間食として甘味食品・飲料を頻回摂取する幼児の減少」が行動目標となり、学齢期のう蝕予防では「フッ化物配合歯磨剤使用者の増加」と「個別的な歯口清掃指導を受ける人の増加」の2項目となっています。
「健康日本21」の中間評価
平成18年8月に、「健康日本21」中間評価報告書案が公表され、パブリックコメントの募集や厚生労働省審議会等で中間評価に向けて議論されています(平成18年12月現在)。
このなかで、「歯の健康」の達成状況をみると、他の分野に較べて、目標値に近づいている項目が極めて多く、目標年度である平成22年には、全国平均で目標値に到達できると予測されています。すなわち、16目標(指標)中ですでに「達成」されたものが4項目、「改善」が11項目、「悪化」が1項目という結果が示されました(図1)。
例えば、80歳で20歯以上の歯を有する者の割合は、「健康日本21」の開始当時11.5%であり、10年間の目標値として「20%以上」があげられていましたが、今回の中間評価で早くも「25%」に到達したことが明らかになりました。これらの結果は、「歯の健康」が一人ひとりの国民にとって重要な分野であり、「8020運動」に代表される国民運動として改善に取り組まれてきたことがその一端となっています。そして、今後は、小児のう蝕をさらに減少していくためにフッ化物洗口の普及などが課題としてあげられています。
しかしながら、現状でもなお、80歳以上の高齢者の7割以上の人の歯数は20歯に満たず、さらに生涯にわたる口腔機能の維持のための歯の喪失防止の対策が必要です。このためには、小児のう蝕予防と共に、成人期の歯周病予防が極めて重要な課題になります。歯周病の予防には、日常の歯口清掃にかかわるセルフケアとあわせて、歯科医療者による定期的な歯科健診・歯石除去・保健指導が必要であり、そのための40歳以上を対象とした対策が求められています。
「深井穫博:「健康日本21」における「歯の健康」,母推さん,No.150,12-13,2007年1月」を一部改変