口 臭
Halitosis,Bad Breath
深井穫博
(深井保健科学研究所)
病態と診断
成人の69.6%が口腔内に何らかの自覚症状や悩みをかかえている。この内訳をみると、14.5%は、口臭に関することであり、男性にやや多く、年齢階級別には45~54歳の年齢層が多い(保健福祉動向調査、1999)。日常の臨床では、口臭を主訴として来院する場合もあるが、齲蝕や歯周病の治療を求めて来院し、その治療の過程やほぼ終了した時期に患者さんがはじめて口臭を訴える場合が多い。
口臭症は、① 真性口臭症、② 仮性口臭症、③ 口臭恐怖症に分類される。真性口臭症には、生理的口臭と病的口臭がある。生理的口臭は、起床時に最も強く、空腹時や疲労時に高まるなどの日内変動がみられる。病的口臭は、原疾患、器質的変化などに伴う口臭である。多くは口腔由来の歯周病によるものであり、その他に舌苔の多量付着、口腔乾燥症、重症齲蝕、義歯の清掃不良などが原因となる。全身由来の口臭には、耳鼻咽喉疾患や呼吸器系・消化器系の疾患によるものがある。仮性口臭症は、一般臨床医での検査結果の説明やカウンセリングなどだけでその訴えが改善される。それに対して、口臭恐怖症は、臭いに対する心理的な問題であり、真性口臭症や仮性口臭症の治療によっても訴えの改善がみられないものである。
口臭の原因物質は、硫化水素、メチルメルカプタン、ジメチルサルファイドなどの揮発性硫黄化合物(VSC: Volatile Sulfur Compounds)であり、その病態によって原因物質の構成は異なる。このVSCは、主に口腔内細菌が脱落上皮細胞や白血球を分解して産生され、舌背後方部に付着する舌苔がその産生部位となることが多い。
診断は、官能検査法(術者の嗅覚による検査)が主体であり、口臭診断補助機器を併用する場合がある。VSCの特異的な測定が可能な機器には、口臭測定用ガスクロマトグラフィーがある。臨床では、MSハリメーター、ブレストロン、オーラルクロマなどの簡易型測定機器が用いられる場合が多い。さらに診断にあたっては、事前の質問票を併用することが有効である。
治療方針
真性口臭症や仮性口臭症の診断・治療をまず行う。口臭の治療必要性として、TN1~TN5の5分類が提唱されている(宮崎他,1999、Yaegaki K and Coli JM,2000)。すなわち、① 説明および口腔清掃指導(TN1)、②専門的歯面清掃(PMTC)、疾患治療(歯周病治療など)(TN2)、③ 医科への紹介(TN3)、④ 結果の提示、専門的保健指導(TN4)、⑤ 精神科・心療内科などへの紹介(TN5)である。
真性口臭症の治療としては、TN1~TN4を行う。その際、口腔清掃指導のなかで、舌清掃は、患者には知られていないことが多く、その動機づけや、手順・嘔吐反射の予防法など具体的な指導が必要となる。歯周病や齲蝕がある場合には、その治療を行う。
口臭発生を防止する薬剤については、洗口剤と歯磨剤とがあり、香料、消臭剤、殺菌剤などが含まれているが、直接、口臭原因物質を減少し口臭を抑制する作用は弱く、むしろ香料によるマスキング効果や心理的効果が大きく長期的な効果は期待できない。降圧剤や向精神薬などによる唾液分泌量の低下やその他の全身由来の口臭が疑われた場合には、他科に対診を求める。
「深井穫博:口臭,今日の治療方針2006年版,医学書院,東京,2006,1099-1100」を一部改変